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宿木

第二章 中君の物語 中君の不安な思いと薫の同情   

3. 薫、中君に同情しつつ恋慕す     

 

本文

現代語訳

 中納言殿も、「いといとほしきわざかな」と聞きたまふ。「花心におはする宮なれば、あはれとは思すとも、今めかしき方にかならず御心移ろひなむかし。女方も、いとしたたかなるわたりにて、ゆるびなく聞こえまつはしたまはば、月ごろも、さもならひたまはで、待つ夜多く過ごしたまはむこそ、あはれなるべけれ」

 中納言殿も、「まことにお気の毒なことだな」とお聞きになる。「花心でいらっしゃる宮なので、いとしいとお思いになっても、新しい方にきっとお心移りしてしまうだろう。女方も、とてもしっかりした家の方で、お放しなくお付きまといなさったら、この幾月、夜離れにお馴れにならないで、待っている夜を多くお過ごしになることは、おいたわしいことだ」

 など思ひ寄るにつけても、

 などとお思いよりになるにつけても、

 「あいなしや、わが心よ。何しに譲りきこえけむ。昔の人に心をしめてし後、おほかたの世をも思ひ離れて澄み果てたりし方の心も濁りそめにしかば、ただかの御ことをのみ、とざまかうざまには思ひながら、さすがに人の心許されであらむことは、初めより思ひし本意なかるべし」

 「つまらないことをした、自分だな。どうしてお譲り申し上げたのだろう。亡き姫君に思いを寄せてから後は、世間一般から思い捨てて悟りきっていた心も濁りはじめてしまったので、ただあの方の御事ばかりがあれやこれやと思いながら、やはり相手が許さないのに無理を通すことは、初めから思っていた本心に背くだろう」

 と憚りつつ、「ただいかにして、すこしもあはれと思はれて、うちとけたまへらむけしきをも見む」と、行く先のあらましごとのみ思ひ続けしに、人は同じ心にもあらずもてなして、さすがに、一方にもえさし放つまじく思ひたまへる慰めに、同じ身ぞと言ひなして、本意ならぬ方におもむけたまひしが、ねたく恨めしかりしかば、「まづ、その心おきてを違へむとて、急ぎせしわざぞかし」など、あながちに女々しくものぐるほしく率て歩き、たばかりきこえしほど思ひ出づるも、「いとけしからざりける心かな」と、返す返すぞ悔しき。

 と遠慮しながら、「ただ何とかして、少しでも好意を寄せてもらって、うちとけなさった様子を見よう」と、将来の心づもりばかりを思い続けていたが、相手は同じ考えではないなさり方で、とはいえ、むげに突き放すことはできまいとお思いになる気休めから、同じ姉妹だといって、望んでいない方をお勧めになったのが悔しく恨めしかったので、「まず、その考えを変えさせようと、急いでやったことなのだ」などと、やむにやまれず男らしくもなく気違いじみて宮をお連れして、おだまし申し上げた時のことを思い出すにつけても、「まことにけしからぬ心であったよ」と、返す返す悔しい。

 「宮も、さりとも、そのほどのありさま思ひ出でたまはば、わが聞かむところをもすこしは憚りたまはじや」と思ふに、「いでや、今は、その折のことなど、かけてものたまひ出でざめりかし。なほ、あだなる方に進み、移りやすなる人は、女のためのみにもあらず、頼もしげなく軽々しき事もありぬべきなめりかし」

 「宮も、そうはいっても、その当時の様子をお思い出しになったら、わたしの聞くところも少しはご遠慮なさらないはずもあるまい」と思うが、「さあ、今は、その当時のことなど、少しもお口に出さないようだ。やはり、浮気な方面に進んで、移り気な人は、女のためのみならず、頼りなく軽々しいことがきっと出てくるにちがいない」

 など、憎く思ひきこえたまふ。わがまことにあまり一方にしみたる心ならひに、人はいとこよなくもどかしく見ゆるなるべし。

 などと、憎くお思い申し上げなさる。自分のほんとうにお一方にばかり執着した経験から、他人がまことにこの上もなくはがゆく思われるのであろう。



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