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宿木

第二章 中君の物語 中君の不安な思いと薫の同情   

5. 薫、二条院の中君を訪問     

 

本文

現代語訳

 人召して、

 人を呼んで、

 「北の院に参らむに、ことことしからぬ車さし出でさせよ」

 「北の院に参ろうと思うので、仰々しくない車を出させなさい」

 とのたまへば、

 とおっしゃると

 「宮は、昨日より内裏になむおはしますなる。昨夜、御車率て帰りはべりにき」

 「宮は、昨日から宮中においでになると言います。昨夜、お車を引いて帰って来ました」

 と申す。

 と申し上げる。

 「さはれ、かの対の御方の悩みたまふなる、訪らひきこえむ。今日は内裏に参るべき日なれば、日たけぬさきに」

 「それはそれでよい、あの対の御方がお苦しみであるという、お見舞い申そう。今日は宮中に参内しなければならない日なので、日が高くならない前に」

 とのたまひて、御装束したまふ。出でたまふままに、降りて花の中に混じりたまへるさま、ことさらに艶だち色めきてももてなしたまはねど、あやしく、ただうち見るになまめかしく恥づかしげにて、いみじくけしきだつ色好みどもになずらふべくもあらず、おのづからをかしくぞ見えたまひける。朝顔引き寄せたまへる、露いたくこぼる。

 とおっしゃって、お召し替えなさる。お出かけになるとき、降りて花の中に入っていらっしゃる姿、格別に艶やかに風流っぽくお振る舞いにはならないが、不思議と、ただちょっと見ただけで優美で気恥ずかしい感じがして、ひどく気取った好色連中などととても比較することができない、自然と身にそなわった美しさがおありになるのだった。朝顔を引き寄せなさると、露がたいそうこぼれる。

 「今朝の間の色にや賞でむ置く露の

   消えぬにかかる花と見る見る

  はかな」

 「今朝の間の色を賞美しようか、置いた露が

   消えずに残っているわずかの間に咲く花と思いながら

  はかないな」

 と独りごちて、折りて持たまへり。女郎花をば、見過ぎてぞ出でたまひぬる。

 と独り言をいって、折ってお持ちになった。女郎花には、目もくれずにお出になった。

 明け離るるままに、霧立ち乱る空をかしきに、

 明るくなるにつれて、霧が立ちこめている空が美しいので、

 「女どちは、しどけなく朝寝したまへらむかし。格子妻戸うちたたき声づくらむこそ、うひうひしかるべけれ。朝まだきまだき来にけり」

 「女たちは、しどけなく朝寝していらっしゃるだろう。格子や妻戸などを叩き咳払いするのは、不慣れな感じがする。朝早いのにもう来てしまった」

 と思ひながら、人召して、中門の開きたるより見せたまへば、

 と思いながら、人を召して、中門の開いている所から覗き見させなさると、

 「御格子ども参りてはべるべし。女房の御けはひもしはべりつ」

 「御格子は上げてあるらしい。女房のいる様子もしていました」

 と申せば、下りて、霧の紛れにさまよく歩み入りたまへるを、「宮の忍びたる所より帰りたまへるにや」と見るに、露にうちしめりたまへる香り、例の、いとさまことに匂ひ来れば、

 と申すので、下りて、霧の紛れに体裁よくお歩みになっているのを、「宮が隠れて通う所からお帰りになったのか」と見ると、露に湿っていらっしゃる香りが、例によって、格別に匂って来るので、

 「なほ、めざましくはおはすかし。心をあまりをさめたまへるぞ憎き」

 「やはり、目が覚める思いがする方ですこと。控え目でいらっしゃることが憎らしいこと」

 など、あいなく、若き人びとは、聞こえあへり。

 などと、勝手に、若い女房たちは、お噂申し上げていた。

 おどろき顔にはあらず、よきほどにうちそよめきて、御茵さし出でなどするさまも、いとめやすし。

 驚いたふうでもなく、体裁よく衣ずれの音をさせて、お敷物を差し出す態度も、まことに無難である。

 「これにさぶらへと許させたまふほどは、人びとしき心地すれど、なほかかる御簾の前にさし放たせたまへるうれはしさになむ、しばしばもえさぶらはぬ」

 「ここに控えよとお許しいただけることは、一人前扱いの気がしますが、やはりこのような御簾の前に放っておいでになるのは情けない気がし、頻繁にお伺いできません」

 とのたまへば、

 とおっしゃるので、

 「さらば、いかがはべるべからむ」

 「それでは、どう致しましょう」

 など聞こゆ。

 などと申し上げる。

 「北面などやうの隠れぞかし。かかる古人などのさぶらはむにことわりなる休み所は。それも、また、ただ御心なれば、愁へきこゆべきにもあらず」

 「北面などの目立たない所ですね。このような古なじみなどが控えているのに適当な休憩場所は。それも、また、お気持ち次第なので、不満を申し上げるべきことでもない」

 とて、長押に寄りかかりておはすれば、例の、人びと、

 と言って、長押に寄り掛かっていらっしゃると、例によって、女房たちが、

 「なほ、あしこもとに」

 「やはり、あそこまで」

 など、そそのかしきこゆ。

 などと、お促し申し上げる。



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