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宿木

第三章 中君の物語 匂宮と六の君の婚儀   

3. 匂宮、六の君に後朝の文を書く     

 

本文

現代語訳

 宮は、いと心苦しく思しながら、今めかしき御心は、いかでめでたきさまに待ち思はれむと、心懸想して、えならず薫きしめたまへる御けはひ、言はむ方なし。待ちつけきこえたまへる所のありさまも、いとをかしかりけり。人のほど、ささやかにあえかになどはあらで、よきほどになりあひたる心地したまへるを、

 宮は、たいそうお気の毒にお思いになりながら、派手好きなご性格は、何とか立派な婿殿と期待されようと、気取って、何ともいえず素晴らしい香をたきしめなさったご様子は、申し分がない。お待ち申し上げていらっしゃるところの様子も、まことに素晴らしかった。身体つきは、小柄で華奢といったふうではなく、ちょうどよいほどに成人していらっしゃるのを、

 「いかならむ。ものものしくあざやぎて、心ばへもたをやかなる方はなく、ものほこりかになどやあらむ。さらばこそ、うたてあるべけれ」

 「どんなものかしら。もったいぶって気が強くて、気立ても柔らかいところがなく、何となく高慢な感じであろうか。それであったら、嫌な感じがするだろう」

 などは思せど、さやなる御けはひにはあらぬにや、御心ざしおろかなるべくも思されざりけり。秋の夜なれど、更けにしかばにや、ほどなく明けぬ。

 などとお思いになるが、そのようなご様子ではないのであろうか、ご執心はいい加減にはお思いなされなかった。秋の夜だが、更けてから行かれたからであろうか、まもなく明けてしまった。

 帰りたまひても、対へはふともえ渡りたまはず、しばし大殿籠もりて、起きてぞ御文書きたまふ。

 お帰りになっても、対の屋へはすぐにはお渡りなることができず、しばらくお寝みになって、起きてからお手紙をお書きになる。

 「御けしきけしうはあらぬなめり」

 「ご様子は悪くはないようだわ」

 と、御前なる人びとつきじろふ。

 と御前の人びとがつつき合う。

 「対の御方こそ心苦しけれ。天下にあまねき御心なりとも、おのづからけおさるることもありなむかし」

 「対の御方はお気の毒だわ。どんなに広いお心であっても、自然と圧倒されることがきっとあるでしょう」

 など、ただにしもあらず、皆馴れ仕うまつりたる人びとなれば、やすからずうち言ふどももありて、すべて、なほねたげなるわざにぞありける。「御返りも、こなたにてこそは」と思せど、「夜のほどおぼつかなさも、常の隔てよりはいかが」と、心苦しければ、急ぎ渡りたまふ。

 などと、平気でいられず、みな親しくお仕えしている人びとなので、穏やかならず言う者もいて、総じて、やはり妬ましいことであった。「お返事も、こちらで」とお思いになったが、「夜の間の気がかりさも、いつものご無沙汰よりもどんなものか」と、気にかかるので、急いでお渡りになる。

 寝くたれの御容貌、いとめでたく見所ありて、入りたまへるに、臥したるもうたてあれば、すこし起き上がりておはするに、うち赤みたまへる顔の匂ひなど、今朝しもことにをかしげさまさりて見えたまふに、あいなく涙ぐまれて、しばしうちまもりきこえたまふを、恥づかしく思してうつ臥したまへる、髪のかかり、髪ざしなど、なほいとありがたげなり。

 寝起き姿のご容貌が、たいそう立派で見所があって、お入りになったので、臥せっているのも嫌なので、少し起き上がっていらっしゃると、ちょっと赤らんでいらっしゃる顔の美しさなどが、今朝は特にいつもより格別に美しさが増してお見えになるので、無性に涙ぐまれて、暫くの間じっとお見つめ申していらっしゃると、恥ずかしくお思いになってうつ伏せなさっている、髪のかかり具合、格好などが、やはりまことに見事である。

 宮も、なまはしたなきに、こまやかなることなどは、ふともえ言ひ出でたまはぬ面隠しにや、

 宮も、何か体裁悪いので、こまごまとしたことなどは、ちっともおっしゃらない照れ隠しであろうか、

 「などかくのみ悩ましげなる御けしきならむ。暑きほどのこととか、のたまひしかば、いつしかと涼しきほど待ち出でたるも、なほはればれしからぬは、見苦しきわざかな。さまざまにせさすることも、あやしく験なき心地こそすれ。さはありとも、修法はまた延べてこそはよからめ。験あらむ僧もがな。なにがし僧都をぞ、夜居にさぶらはすべかりける」

 「どうしてこうしてばかり苦しそうなご様子なのでしょう。暑いころのゆえとか、おっしゃっていたので、早く涼しいころになればと待っていたのに、依然として気分が良くならないのは、困ったことですわ。いろいろとさせていたことも、不思議に効果がない気がする。そうはいっても、修法はまた延長してよいだろう。効験のある僧はいないだろうか。何某僧都を、夜居に伺候させればよかった」

 など、やうなるまめごとをのたまへば、かかる方にも言よきは、心づきなくおぼえたまへど、むげにいらへきこえざらむも例ならねば、

 など、といったような実際的なことをおっしゃるので、このような方面でも調子のよい話は、気にくわなく思われなさるが、全然お返事申し上げないのもいつもと違うので、

 「昔も、人に似ぬありさまにて、かやうなる折はありしかど、おのづからいとよくおこたるものを」

 「昔も、人と違った体質で、このようなことはありましたが、自然と良くなったものです」

 とのたまへば、

 とおっしゃるので、

 「いとよくこそ、さはやかなれ」

 「とてもよくまあ、さっぱりしたものですね」

 とうち笑ひて、「なつかしく愛敬づきたる方は、これに並ぶ人はあらじかし」とは思ひながら、なほまた、とくゆかしき方の心焦られも立ち添ひたまへるは、御心ざしおろかにもあらぬなめりかし。

 と微笑んで、「やさしくかわいらしい点ではこ、の人に並ぶ者はいない」とは思いながら、やはりまた、早く逢いたい方への焦りの気持ちもお加わりになっているのは、ご愛情も並々ではないのであろうよ。



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