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宿木

第四章 薫の物語 中君に同情しながら恋慕の情高まる   

1. 薫、匂宮の結婚につけわが身を顧みる     

 

本文

現代語訳

 中納言殿の御前の中に、なまおぼえあざやかならぬや、暗き紛れに立ちまじりたりけむ、帰りてうち嘆きて、

 中納言殿の御前駆の中に、あまり待遇がよくなかったのか、暗い物蔭に立ち交じっていたのだろうか、帰って来て嘆いて、

 「わが殿の、などかおいらかに、この殿の御婿にうちならせたまふまじき。あぢきなき御独り住みなりや」

 「わが殿は、どうしておとなしくて、この殿の婿におなりあそばさないのだろう。つまらない独身生活だよ」

 と、中門のもとにてつぶやきけるを聞きつけたまひて、をかしとなむ思しける。夜の更けてねぶたきに、かのもてかしづかれつる人びとは、心地よげに酔ひ乱れて寄り臥しぬらむかしと、うらやましきなめりかし。

 と、中門の側でぶつぶつ言っていたのをお聞きつけになって、おかしくお思いになるのであった。夜が更けて眠たいのに、あの歓待されている人びとは、気持ちよさそうに酔い乱れて寄り臥せってしまったのだろうと、羨ましいようである。

 君は、入りて臥したまひて、

 君は、部屋に入ってお臥せりになって、

 「はしたなげなるわざかな。ことことしげなるさましたる親の出でゐて、離れぬなからひなれど、これかれ、火明くかかげて、勧めきこゆる盃などを、いとめやすくもてなしたまふめりつるかな」

 「きまりの悪いことだなあ。仰々しい父親が出て来て座って、縁遠くはない仲だが、あちこちに、火を明るく掲げて、お勧め申した盃事などを、とても体裁よくお振る舞いになったな」

 と、宮の御ありさまを、めやすく思ひ出でたてまつりたまふ。

 と、宮のお振舞を、無難であったとお思い出し申し上げなさる。

 「げに、我にても、よしと思ふ女子持たらましかば、この宮をおきたてまつりて、内裏にだにえ参らせざらまし」と思ふに、「誰れも誰れも、宮にたてまつらむと心ざしたまへる女は、なほ源中納言にこそと、とりどりに言ひならふなるこそ、わがおぼえの口惜しくはあらぬなめりな。さるは、いとあまり世づかず、古めきたるものを」など、心おごりせらる。

 「なるほど、自分でも、良いと思う女の子を持っていたら、この宮をお措き申しては、宮中にさえ入内させないだろう」と思うと、「誰も彼もが、宮に差し上げたいと志していらっしゃる娘は、やはり源中納言にこそと、それぞれ言っているらしいことは、自分の評判がつまらないものではないのだな。実のところは、あまり結婚に関心もなく、ぱっとしないのに」などと、大きな気持ちにおなりになる。

 「内裏の御けしきあること、まことに思したたむに、かくのみもの憂くおぼえば、いかがすべからむ。おもだたしきことにはありとも、いかがはあらむ。いかにぞ、故君にいとよく似たまへらむ時に、うれしからむかし」と思ひ寄らるるは、さすがにもて離るまじき心なめりかし。

 「帝の御内意のあることが、本当に御決意なさったら、このようにばかり何となく億劫にばかり思っていたら、どうしたものだろう。面目がましいことではあるが、どんなものだろうか。どうかな、亡くなった姫君にとてもよく似ていらっしゃったら、嬉しいことだろう」と自然と思い寄るのは、やはりまったく関心がないではないのであろうよ。



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