第五章 中君の物語 中君、薫の後見に感謝しつつも苦悩す
4. 薫、中君に衣料を贈る
本文 |
現代語訳 |
中納言の君は、かく宮の籠もりおはするを聞くにしも、心やましくおぼゆれど、 |
中納言の君は、このように宮が籠もっておいでになるのを聞くにも、しゃくに思われるが、 |
「わりなしや。これはわが心のをこがましく悪しきぞかし。うしろやすくと思ひそめてしあたりのことを、かくは思ふべしや」 |
「しかたのないことだ。これは自分の心が馬鹿らしく悪いことだ。安心な後見人としてお世話し始めた方のことを、このように思ってよいことだろうか」 |
と、しひてぞ思ひ返して、「さはいへど、え思し捨てざめりかし」と、うれしくもあり、「人びとのけはひなどの、なつかしきほどに萎えばみためりしを」と思ひやりたまひて、母宮の御方に参りたまひて、 |
と無理に反省して、「そうは言ってもお捨てにはならないようだ」と、嬉しくもあり、「女房たちの様子などが、やさしい感じに着古した感じのようだ」と思いやりなさって、母宮の御方にお渡りになって、 |
「よろしきまうけのものどもやさぶらふ。使ふべきこと」 |
「適当な出来合いの衣類はございませんか。使いたいことが」 |
など申したまへば、 |
などと申し上げなさると、 |
「例の、立たむ月の法事の料に、白きものどもやあらむ。染めたるなどは、今はわざともしおかぬを、急ぎてこそせさせめ」 |
「例の、来月の御法事の布施に、白い物はありましょう。染めた物などは、今は特別に置いておかないので、急いで作らせましょう」 |
とのたまへば、 |
とおっしゃるので、 |
「何か。ことことしき用にもはべらず。さぶらはむにしたがひて」 |
「構いません。仰々しい用事でもございません。ありあわせで結構です」 |
とて、御匣殿などに問はせたまひて、女の装束どもあまた領に、細長どもも、ただあるにしたがひて、ただなる絹綾などとり具したまふ。みづからの御料と思しきには、わが御料にありける紅の擣目なべてならぬに、白き綾どもなど、あまた重ねたまへるに、袴の具はなかりけるに、いかにしたりけるにか、腰の一つあるを、引き結び加へて、 |
と言って、御匣殿などにお問い合わせになって、女の装束類を何領もに、細長類も、ありあわせで、染色してない絹や綾などをお揃えになる。ご本人のお召し物と思われるのは、自分のお召し物にあった紅の砧の擣目の美しいものに、幾重もの白い綾など、たくさんお重ねになったが、袴の付属品はなかったので、どういうふうにしたのか、腰紐が一本あったのを、結びつけなさって、 |
「結びける契りことなる下紐を ただ一筋に恨みやはする」 |
「結んだ契りの相手が違うので 今さらどうして一途に恨んだりしようか」 |
大輔の君とて、大人しき人の、睦ましげなるにつかはす。 |
大輔の君といって、年配の者で、親しそうな者におやりになる。 |
「とりあへぬさまの見苦しきを、つきづきしくもて隠して」 |
「とりあえず見苦しい点を、適当にお隠しください」 |
などのたまひて、御料のは、しのびやかなれど、筥にて包みも異なり。御覧ぜさせねど、さきざきも、かやうなる御心しらひは、常のことにて目馴れにたれば、けしきばみ返しなど、ひこしろふべきにもあらねば、いかがとも思ひわづらはで、人びとにとり散らしなどしたれば、おのおのさし縫ひなどす。 |
などとおっしゃって、主人のお召し物は、こっそりとではあるが、箱に入れて包みも格別である。御覧にならないが、以前からも、このようなお心配りは、いつものことで見慣れているので、わざとらしくお返ししたりなど、固辞すべきことでないので、どうしたものかと思案せず、女房たちに配り分けなどしたので、それぞれ縫い物などする。 |
若き人びとの、御前近く仕うまつるなどをぞ、取り分きては繕ひたつべき。下仕へどもの、いたく萎えばみたりつる姿どもなどに、白き袷などにて、掲焉ならぬぞなかなかめやすかりける。 |
若い女房たちで、御前近くにお仕えする者などは、特別に着飾らせるつもりなのであろう。下仕え連中が、ひどくよれよれになった姿などに、白い袷などを着て、派手でないのがかえって無難であった。 |