第八章 薫の物語 女二の宮、薫の三条宮邸に降嫁
1. 新年、薫権大納言兼右大将に昇進
本文 |
現代語訳 |
正月晦日方より、例ならぬさまに悩みたまふを、宮、まだ御覧じ知らぬことにて、いかならむと、思し嘆きて、御修法など、所々にてあまたせさせたまふに、またまた始め添へさせたまふ。いといたくわづらひたまへば、后の宮よりも御訪らひあり。 |
正月晦日方から、ふだんと違ってお苦しみになるのを、宮は、まだご経験のないことなので、どうなることだろうと、お嘆きになって、御修法などを、あちこちの寺にたくさんおさせになるが、またまたお加え始めさせなさる。たいそうひどく患いなさるので、后の宮からもお見舞いがある。 |
かくて三年になりぬれど、一所の御心ざしこそおろかならね、おほかたの世には、ものものしくももてなしきこえたまはざりつるを、この折ぞ、いづこにもいづこにも聞こしめしおどろきて、御訪ぶらひども聞こえたまひける。 |
結婚して三年になったが、お一方のお気持ちは並々でないが、世間一般に対しては、重々しくおもてなし申し上げなさらなかったので、この時に、どこもかしこもお聞きになって驚いて、お見舞い申し上げになるのであった。 |
中納言の君は、宮の思し騒ぐに劣らず、いかにおはせむと嘆きて、心苦しくうしろめたく思さるれど、限りある御訪らひばかりこそあれ、あまりもえ参うでたまはで、忍びてぞ御祈りなどもせさせたまひける。 |
中納言の君は、宮がお騷ぎになるのに負けず、どうおなりになることだろうかとご心配になって、お気の毒に気がかりにお思いになるが、一通りのお見舞いはするが、あまり参上することはできないので、こっそりとご祈祷などをおさせになるのだった。 |
さるは、女二の宮の御裳着、ただこのころになりて、世の中響きいとなみののしる。よろづのこと、帝の御心一つなるやうに思し急げば、御後見なきしもぞ、なかなかめでたげに見えける。 |
その一方では、女二の宮の御裳着が、ちょうどこのころとなって、世間で大評判となっている。万事が、帝のお心一つみたいに御準備なさるので、御後見がいないのも、かえって立派に見えるのであった。 |
女御のしおきたまへることをばさるものにて、作物所、さるべき受領どもなど、とりどりに仕うまつることども、いと限りなしや。 |
女御が生前に準備しておかれたことはいうまでもなく、作物所や、しかるべき受領連中などが、それぞれにお仕え申し上げることは、とても際限がない。 |
やがてそのほどに、参りそめたまふべきやうにありければ、男方も心づかひしたまふころなれど、例のことなれば、そなたざまには心も入らで、この御事のみいとほしく嘆かる。 |
そのままその時から、通い始めさせなさることになっていたので、男の方も気をおつかいになるころであるが、例の性格なので、その方面には気が進まず、このご懐妊のことばかりお気の毒に嘆かずにいられない。 |
如月の朔日ごろに、直物とかいふことに、権大納言になりたまひて、右大将かけたまひつ。右の大殿、左にておはしけるが、辞したまへる所なりけり。 |
二月の初めころに、直物とかいうことで、権大納言におなりになって、右大将を兼官なさった。右の大殿が、左大将でいらっしゃったが、お辞めになったものであった。 |
喜びに所々ありきたまひて、この宮にも参りたまへり。いと苦しくしたまへば、こなたにおはしますほどなりければ、やがて参りたまへり。僧などさぶらひて便なき方に、とおどろきたまひて、あざやかなる御直衣、御下襲などたてまつり、ひきつくろひたまひて、下りて答の拝したまふ御さまどもとりどりにいとめでたく、 |
お礼言上に諸所をお回りになって、こちらの宮にも参上なさった。たいそう苦しそうでいらっしゃるので、こちらにいらっしゃるときであったので、そのまま参上なさった。僧などが伺候していて不都合なところで、と驚きなさって、派手なお直衣に、御下襲などをお召し替えになって、身づくろいなさって、下りて拝舞の礼をなさるお二方のお姿は、それぞれに立派で、 |
「やがて、官の禄賜ふ饗の所に」 |
「このまま今晩、近衛府の人に禄を与える宴会の所にどうぞ」 |
と、請じたてまつりたまふを、悩みたまふ人によりてぞ、思したゆたひたまふめる。右大臣殿のしたまひけるままにとて、六条の院にてなむありける。 |
と、お招き申し上げなさるが、お具合の悪い人のために、躊躇なさっているようである。右大臣殿がなさった例に従ってと、六条院で催されるのであった。 |
垣下の親王たち上達部、大饗に劣らず、あまり騒がしきまでなむ集ひたまひける。この宮も渡りたまひて、静心なければ、まだ事果てぬに急ぎ帰りたまひぬるを、大殿の御方には、 |
お相伴の親王方や上達部たちは、大饗に負けないほど、あまり騒がし過ぎるほど参集なさった。この宮もお渡りになって、落ち着いていられないので、まだ宴会が終わらないうちに急いでお帰りになったのを、大殿の御方では、 |
「いと飽かずめざまし」 |
「とても物足りなく癪にさわる」 |
とのたまふ。劣るべくもあらぬ御ほどなるを、ただ今のおぼえのはなやかさに思しおごりて、おしたちもてなしたまへるなめりかし。 |
とおっしゃる。負けるほどでもないご身分なのを、ただ今の威勢が立派なのにおごって、いばっていらっしゃるのであろうよ。 |