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宿木

第九章 薫の物語 宇治で浮舟に出逢う   

4. 薫、弁の尼に仲立を依頼      

 

本文

現代語訳

 日暮れもていけば、君もやをら出でて、御衣など着たまひてぞ、例召し出づる障子の口に、尼君呼びて、ありさまなど問ひたまふ。

 日が暮れてゆくので、君もそっと出て、ご衣装などをお召しになって、いつも呼び出す襖障子口に、尼君を呼んで、様子などをお尋ねなさる。

 「折しもうれしく参で逢ひたるを。いかにぞ、かの聞こえしことは」

 「ちょうどよい時に来合わせたものだな。どうでしたか、あの申し上げておいたことは」

 とのたまへば、

 とおっしゃると、

 「しか、仰せ言はべりし後は、さるべきついではべらば、と待ちはべりしに、去年は過ぎて、この二月になむ、初瀬詣でのたよりに対面してはべりし。

 「そのように、仰せ言がございました後は、適当な機会がありましたら、と待っておりましたが、去年は過ぎて、今年の二月に、初瀬に参詣する機会に初めて対面しました。

 かの母君に、思し召したるさまは、ほのめかしはべりしかば、いとかたはらいたく、かたじけなき御よそへにこそははべるなれ、などなむはべりしかど、そのころほひは、のどやかにもおはしまさずと承りし、折便なく思ひたまへつつみて、かくなむ、とも聞こえさせはべらざりしを、またこの月にも詣でて、今日帰りたまふなめり。

 あの母君に、お考えの向きは、ちらっとお話しておきましたので、とても身の置き所もなく、もったいないお話でございます、などと申しておりましたが、その当時は、お忙しいころと承っておりましたので、機会がなく不都合に思って遠慮して、かくかくしかじかです、とも申し上げませんでしたが、また今月にも参詣して、今日お帰りになったような次第です。

 行き帰りの中宿りには、かく睦びらるるも、ただ過ぎにし御けはひを尋ねきこゆるゆゑになむはべめる。かの母君も、障ることありて、このたびは、独りものしたまふめれば、かくおはしますとも、何かは、ものしはべらむとて」

 行き帰りの宿泊所として、このように親しくされるのも、ただお亡くなりになった父君の跡をお尋ね申し上げる理由からでございましょう。あの母君は、支障があって、今回は、お独りで参詣なさるようなので、このようにいらっしゃっても、特に、申し上げることもないと思いまして」

 と聞こゆ。

 と申し上げる。

 「田舎びたる人どもに、忍びやつれたるありきも見えじとて、口固めつれど、いかがあらむ。下衆どもは隠れあらじかし。さて、いかがすべき。独りものすらむこそ、なかなか心やすかなれ。かく契り深くてなむ、参り来あひたる、と伝へたまへかし」

 「田舎者めいた連中に、人目につかないようにやつしている姿を見られまいと、口固めしているが、どんなものであろう。下衆連中は隠すことはできまい。さて、どうしたものだろうか。独り身でいらっしゃるのは、かえって気楽だ。このように前世からの約束があって、巡り合わせたのだ、とお伝えください」

 とのたまへば、

 とおっしゃると、

 「うちつけに、いつのほどなる御契りにかは」

 「急に、いつの間にできたお約束ですか」

 と、うち笑ひて、

 と、苦笑して、

 「さらば、しか伝へはべらむ」

 「それでは、そのようにお伝えしましょう」

 とて、入るに、

 と言って、中に入るときに、

 「貌鳥の声も聞きしにかよふやと

   茂みを分けて今日ぞ尋ぬる」

 「かお鳥の声も昔聞いた声に似ているかしらと

   草の茂みを分け入って今日尋ねてきたのだ」

 ただ口ずさみのやうにのたまふを、入りて語りけり。

 ただ口ずさみのようにおっしゃるのを、中に入って語るのであった。



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