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東屋

第一章 浮舟の物語 左近少将との縁談とその破綻   

3. 左近少将、浮舟が継子だと知る      

 

本文

現代語訳

 かくて、この少将、契りしほどを待ちつけで、「同じくは疾く」とせめければ、わが心一つに、かう思ひ急ぐも、いとつつましう、人の心の知りがたさを思ひて、初めより伝へそめける人の来たるに、近う呼び寄せて語らふ。

 こうして、あの少将は、約束した月を待たないで、「同じことなら早く」と催促したので、自分の考え一つで、このように急ぐのも、たいそう気がひけて、相手の心の知りにくいことを思って、初めから取り次いだ人が来たので、近くに呼んで相談する。

 「よろづ多く思ひ憚ることの多かるを、月ごろかうのたまひてほど経ぬるを、並々の人にもものしたまはねば、かたじけなう心苦しうて。かう思ひ立ちにたるを、親などものしたまはぬ人なれば、心一つなるやうにて、かたはらいたう、うちあはぬさまに見えたてまつることもやと、かねてなむ思ふ。

 「いろいろと気兼ねすることがありますが、何か月もこのようにおっしゃって月日がたったが、平凡な身分の方でもいらっしゃらないので、もったいなくお気の毒で。このように決心しましたが、父親などもいらっしゃらない娘なので、自分一人の考えのようで、はた目にも見苦しく、行き届かない点がありましょうかと、今から心配しています。

 若き人びとあまたはべれど、思ふ人具したるは、おのづからと思ひ譲られて、この君の御ことをのみなむ、はかなき世の中を見るにも、うしろめたくいみじきを、もの思ひ知りぬべき御心ざまと聞きて、かうよろづのつつましさを忘れぬべかめるをしも、もし思はずなる御心ばへも見えば、人笑へに悲しうなむ」

 若い娘たちは大勢いますが、世話する父親がいる者は、自然と何とかなろうと任せる気になりまして、この姫君のことばかりが、はかないこの世を見るにつけても、不安でたまらないので、物の情理を弁えるお方と聞いて、このようにいろいろと遠慮を忘れてしまいそうなのも、もし意外なお気持ちが見えたら、物笑いにになって悲しいことでしょう」

 と言ひけるを、少将の君に参うでて、

 と言ったのを、少将の君のもとに参って、

 「しかしかなむ」

 「かくかくしかじかでした」

 と申しけるに、けしき悪しくなりぬ。

 と申したところ、機嫌が悪くなった。

 「初めより、さらに、守の御娘にあらずといふことをなむ聞かざりつる。同じことなれど、人聞きもけ劣りたる心地して、出で入りせむにもよからずなむあるべき。ようも案内せで、浮かびたることを伝へける」

 「初めから、全然、介の娘でないということを聞かなかった。同じ結婚であるが、人聞きも劣った気がして、出入りするにも良くないことであろう。詳しく調べもしないで、いいかげんなことを伝えて」

 とのたまふに、いとほしくなりて、

 とおっしゃるので、困りきって、

 「詳しくも知りたまへず。女どもの知るたよりにて、仰せ言を伝へ始めはべりしに、中にかしづく娘とのみ聞きはべれば、守のにこそは、とこそ思ひたまへつれ。異人の子持たまへらむとも、問ひ聞きはべらざりつるなり。

 「詳しくは存じませんでした。女房連中の知り合いのつてで、お願いを伝え始めたのでしたが、娘たちの中で大切にお世話している娘とばかり聞きましたので、介の娘であろうと存じました。他人の娘を連れておいでだったとは、尋ねませんでした。

 容貌、心もすぐれてものしたまふこと、母上のかなしうしたまひて、おもだたしう気高きことをせむと、あがめかしづかると聞きはべりしかば、いかでかの辺のこと伝へつべからむ人もがな、とのたまはせしかば、さるたより知りたまへりと、取り申ししなり。さらに、浮かびたる罪、はべるまじきことなり」

 器量や、気立てもすぐれていらっしゃることは、母上がかわいがっていらっしゃって、晴れがましく面目のたつようにしようと、大切にお育てしていると聞いておりましたので、何とかあの介の家と縁組を取り持ってくれる人がいないものか、とおっしゃいましたので、あるつてを存じておりますと、申し上げたのです。まったく、いいかげんなという非難を、受けることはございませんはずです」

 と、腹悪しく言葉多かる者にて、申すに、君、いとあてやかならぬさまにて、

 と、腹黒く口数の多い者で、こう申すので、少将の君は、大して上品でない様子で、

 「かやうのあたりに行き通はむ、人のをさをさ許さぬことなれど、今様のことにて、咎あるまじう、もてあがめて後見だつに、罪隠してなむあるたぐひもあめるを、同じこととうちうちには思ふとも、よそのおぼえなむ、へつらひて人言ひなすべき。

 「あのような受領ふぜいの家に通って行くのは、誰も良いことだとは認めないことだが、当節よくあることで、咎めもあるまいし、婿を大切に世話するので、欠点を隠している例もあるようだが、実の娘と同じように内々では思っても、世間の思惑は、追従しているように人は言うであろう。

 源少納言、讃岐守などの、うけばりたるけしきにて出で入らむに、守にもをさをさ受けられぬさまにて交じらはむなむ、いと人げなかるべき」

 源少納言や、讃岐守などが、威張った感じで出入りするのに、常陸介からも少しも認められずに婿入りするのは、実に不面目であろう」

 とのたまふ。

 とおっしゃる。



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