第四章 浮舟と匂宮の物語 浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる
8. 浮舟と中君、物語絵を見ながら語らう
本文 |
現代語訳 |
絵など取り出でさせて、右近に詞読ませて見たまふに、向ひてもの恥ぢもえしあへたまはず、心に入れて見たまへる灯影、さらにここと見ゆる所なく、こまかにをかしげなり。額つき、まみの薫りたる心地して、いとおほどかなるあてさは、ただそれとのみ思ひ出でらるれば、絵はことに目もとどめたまはで、 |
絵などを取り出させて、右近に詞書を読ませて御覧になると、向かい合って恥ずかしがっていることもおできになれず、熱心に御覧になっている燈火の姿、まったくこれという欠点もなく、繊細で美しい。額の具合、目もとがほんのりと匂うような感じがして、とてもおっとりとした上品さは、まるで亡くなった姫君かとばかり思い出されるので、絵は特に目もお止めにならず、 |
「いとあはれなる人の容貌かな。いかでかうしもありけるにかあらむ。故宮にいとよく似たてまつりたるなめりかし。故姫君は、宮の御方ざまに、我は母上に似たてまつりたるとこそは、古人ども言ふなりしか。げに、似たる人はいみじきものなりけり」 |
「とてもよく似た器量の人だわ。どうしてこんなにも似ているのであろう。亡き父宮にとてもよくお似申していらっしゃるようだ。亡き姫君は、父宮の御方に、わたしは母上にお似申していたと、老女連中は言っていたようだ。なるほど、似た人はひどく懐かしいものであった」 |
と思し比ぶるに、涙ぐみて見たまふ。 |
とお比べになると、涙ぐんで御覧になる。 |
「かれは、限りなくあてに気高きものから、なつかしうなよよかに、かたはなるまで、なよなよとたわみたるさまのしたまへりしにこそ。 |
「姉君は、この上なく上品で気高い感じがする一方で、やさしく柔らかく、度が過ぎるくらいなよなよともの柔らかくいらっしゃった。 |
これは、またもてなしのうひうひしげに、よろづのことをつつましうのみ思ひたるけにや、見所多かるなまめかしさぞ劣りたる。ゆゑゆゑしきけはひだにもてつけたらば、大将の見たまはむにも、さらにかたはなるまじ」 |
この妹君は、まだ態度が初々しくて万事を遠慮がちにばかり思っているせいか、見栄えのする優雅さという点で劣っている。重々しい雰囲気だけでもついたならば、大将が結婚なさるにも、全然不都合ではあるまい」 |
など、このかみ心に思ひ扱はれたまふ。 |
などと、姉心にお世話がやかれなさる。 |
物語などしたまひて、暁方になりてぞ寝たまふ。かたはらに臥せたまひて、故宮の御ことども、年ごろおはせし御ありさまなど、まほならねど語りたまふ。いとゆかしう、見たてまつらずなりにけるを、「いと口惜しう悲し」と思ひたり。昨夜の心知りの人びとは、 |
お話などなさって、暁方になってお寝みになる。横に寝せなさって、故父宮のお話や、生前のご様子などを、ぽつりぽつりとお話しになる。とても会いたく、お目にかかれずに終わってしまったことを、「たいそう残念に悲しい」と思っていた。昨夜の事情を知っている女房たちは、 |
「いかなりつらむな。いとらうたげなる御さまを。いみじう思すとも、甲斐あるべきことかは。いとほし」 |
「どうしたのでしょうね。とてもかわいらしいご様子でしたが。どんなにおかわいがりになっても、その効がないでしょうね。かわいそうなこと」 |
と言へば、右近ぞ、 |
と言うと、右近が、 |
「さも、あらじ。かの御乳母の、ひき据ゑてすずろに語り愁へしけしき、もて離れてぞ言ひし。宮も、逢ひても逢はぬやうなる心ばへにこそ、うちうそぶき口ずさびたまひしか」 |
「そうでも、ありません。あの乳母が、わたしをつかまえてとりとめもなく愚痴をこぼした様子では、何もなかったと言っていました。宮も、会っても会わないような意味の古歌を、口ずさんでいらっしゃいました」 |
「いさや。ことさらにもやあらむ。そは、知らずかし」 |
「さあね。わざとそう言ったのかも。それは、知りませんわ」 |
「昨夜の火影のいとおほどかなりしも、事あり顔には見えたまはざりしを」 |
「昨夜の燈火の姿がとてもおっとりしていたのも、何かあったようにはお見えになりませんでした」 |
など、うちささめきていとほしがる。 |
などと、ひそひそ言って気の毒がる。 |