第一章 匂宮の物語 匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を聞き知る
4. 正月、宇治から京の中君への文
本文 |
現代語訳 |
睦月の朔日過ぎたるころ渡りたまひて、若君の年まさりたまへるを、もて遊びうつくしみたまふ昼つ方、小さき童、緑の薄様なる包み文の大きやかなるに、小さき鬚籠を小松につけたる、また、すくすくしき立文とり添へて、奥なく走り参る。女君にたてまつれば、宮、 |
正月の上旬が過ぎたころにお越しになって、若君が一つ年齢をおとりになったのを、相手にしてかわいがっていらっしゃる昼ころ、小さい童女が、緑の薄様の包紙で大きいのに、小さい鬚籠を小松に結びつけてあるのや、また、きちんとした立文とを持って、無邪気に走って参る。女君に差し上げると、宮は、 |
「それは、いづくよりぞ」 |
「それは、どこからのですか」 |
とのたまふ。 |
とおっしゃる。 |
「宇治より大輔のおとどにとて、もてわづらひはべりつるを、例の、御前にてぞ御覧ぜむとて、取りはべりぬる」 |
「宇治から大輔のおとどにと言ったが、いないので困っていましたのを、いつものように、御前様が御覧になるだろうと思って、受け取りました」 |
と言ふも、いとあわたたしきけしきにて、 |
と言うのも、とても落ち着きのないふうなので、 |
「この籠は、金を作りて色どりたる籠なりけり。松もいとよう似て作りたる枝ぞとよ」 |
「この籠は、金属で作って色を付けた籠でしたのだわ。松もとてもよく本物に似せて作ってある枝ですよ」 |
と、笑みて言ひ続くれば、宮も笑ひたまひて、 |
と、笑顔で言い続けるので、宮も微笑みなさって、 |
「いで、我ももてはやしてむ」 |
「それでは、わたしも鑑賞しようかね」 |
と召すを、女君、いとかたはらいたく思して、 |
とお取り寄せになると、女君は、とても見ていられない気持ちがなさって、 |
「文は、大輔がりやれ」 |
「手紙は、大輔のもとにやりなさい」 |
とのたまふ。御顔の赤みたれば、宮、「大将のさりげなくしなしたる文にや、宇治の名のりもつきづきし」と思し寄りて、この文を取りたまひつ。 |
とおっしゃる。お顔が赤くなっているので、宮は、「大将がさりげなくよこした手紙であろうか、宇治からと名乗るのもいかにもらしい」とお思いつきになって、この手紙をお取りになった。 |
さすがに、「それならむ時に」と思すに、いとまばゆければ、 |
とはいえ、「もし本当にそれであったら」とお思いになると、たいそう気がひけて、 |
「開けて見むよ。怨じやしたまはむとする」 |
「開けてみますよ。お恨みになりますか」 |
とのたまへば、 |
とおっしゃると、 |
「見苦しう。何かは、その女どちのなかに書き通はしたらむうちとけ文をば、御覧ぜむ」 |
「みっともありません。どうして、女房どうしの間でやりとりしている気を許した手紙を、御覧になるのでしょう」 |
とのたまふが、騒がぬけしきなれば、 |
とおしゃるが、あわてない様子なので、 |
「さは、見むよ。女の文書きは、いかがある」 |
「それでは、見ますよ。女性の手紙とは、どんなものかな」 |
とて開けたまへれば、いと若やかなる手にて、 |
と言ってお開けになると、とても若々しい筆跡で、 |
「おぼつかなくて、年も暮れはべりにける。山里のいぶせさこそ、峰の霞も絶え間なくて」 |
「ご無沙汰のまま、年も暮れてしまいました。山里の憂鬱さは、峰の霞も絶え間がなくて」 |
とて、端に、 |
とあって、端の方に、 |
「これも若宮の御前に。あやしうはべるめれど」 |
「これも若宮様の御前に。不出来でございますが」 |
と書きたり。 |
と書いてある。 |