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浮舟

第一章 匂宮の物語 匂宮、大内記から薫と浮舟の関係を聞き知る   

5. 匂宮、手紙の主を浮舟と察知す    

 

本文

現代語訳

 ことにらうらうじきふしも見えねど、おぼえなき、御目立てて、この立文を見たまへば、げに女の手にて、

 特に才気があるようには見えないが、心当たりがないので、お目を凝らして、この立文を御覧になると、なるほど女性の筆跡で、

 「年改まりて、何ごとかさぶらふ。御私にも、いかにたのしき御よろこび多くはべらむ。

 「年が改まりましたが、いかがお過しでしょうか。あなた様ご自身におかれましても、どんなに楽しくお喜びが多いことでございましょう。

 ここには、いとめでたき御住まひの心深さを、なほ、ふさはしからず見たてまつる。かくてのみ、つくづくと眺めさせたまふよりは、時々は渡り参らせたまひて、御心も慰めさせたまへ、と思ひはべるに、つつましく恐ろしきものに思しとりてなむ、もの憂きことに嘆かせたまふめる。

 こちらでは、とても結構なお住まいで行き届いておりますが、やはり、不似合いに存じております。こうしてばかり、つくづくと物思いにお耽りあそばすより他には、時々そちらにお伺いなさって、お気持ちをお慰めあそばしませ、と存じておりますが、気がねして恐ろしい所とお思いになって、嫌なこととお嘆きになっているようです。

 若宮の御前にとて、卯槌まゐらせたまふ。大き御前の御覧ぜざらむほどに、御覧ぜさせたまへ、とてなむ」

 若宮の御前にと思って、卯槌をお贈り申し上げなさいます。ご主人様が御覧にならない時に御覧下さいませ、とのことでございます」

 と、こまごまと言忌もえしあへず、もの嘆かしげなるさまのかたくなしげなるも、うち返しうち返し、あやしと御覧じて、

 と、こまごまと言忌もできずに、もの悲しい様子が見苦しいのにつけても、繰り返し繰り返し、変だと御覧になって、

 「今は、のたまへかし。誰がぞ」

 「今はもう、おっしゃいなさい。誰からのですか」

 とのたまへば、

 とお尋ねになると、

 「昔、かの山里にありける人の娘の、さるやうありて、このころかしこにあるとなむ聞きはべりし」

 「昔、あの山里に仕えておりました女の娘が、ある事情があって、最近あちらにいると聞きました」

 と聞こえたまへば、おしなべて仕うまつるとは見えぬ文書きを心得たまふに、かのわづらはしきことあるに思し合はせつ。

 と申し上げなさると、普通にお仕えする女とは見えない書き方を心得ていらっしゃるので、あの厄介なことがあると書いてあったのでお察しになった。

 卯槌をかしう、つれづれなりける人のしわざと見えたり。またぶりに、山橘作りて、貫き添へたる枝に、

 卯槌が見事な出来で、所在ない人が作った物だと見えた。松の二股になったところに、山橘を作って、それを貫き通した枝に、

 「まだ古りぬ物にはあれど君がため

   深き心に待つと知らなむ」

 「まだ古木にはなっておりませんが、若君様のご成長を

   心から深くご期待申し上げております」

 と、ことなることなきを、「かの思ひわたる人のにや」と思し寄りぬるに、御目とまりて、

 と、特にたいした歌でないなので、「あのずっと思い続けている女のか」とお思いになると、お目が止まって、

 「返り事したまへ。情けなし。隠いたまふべき文にもあらざめるを。など、御けしきの悪しき。まかりなむよ」

 「お返事をなさい。返事しなくては情愛がない。隠さなければならない手紙でもあるまいに。どうして、ご機嫌が悪いのですか。去りましょうよ」

 とて、立ちたまひぬ。女君、少将などして、

 と言って、お立ちになった。女君は、少将などに向かって、

 「いとほしくもありつるかな。幼き人の取りつらむを、人はいかで見ざりつるぞ」

 「お気の毒なことになってしまいましたね。幼い童女が受け取ったのを、他の女房はどうして気づかなかったのでしょう」

 など、忍びてのたまふ。

 などと、小声でおっしゃる。

 「見たまへましかば、いかでかは、参らせまし。すべて、この子は心地なうさし過ぐしてはべり。生ひ先見えて、人は、おほどかなるこそをかしけれ」

 「拝見しましたら、どうして、こちらへお届けしたりしましょうか。ぜんたい、この子は思慮が浅く出過ぎています。将来性がうかがえて、女の子は、おっとりとしているのが好ましいものです」

 など憎めば、

 などと叱るので、

 「あなかま。幼き人、な腹立てそ」

 「お静かに。幼い子を、叱りなさいますな」

 とのたまふ。去年の冬、人の参らせたる童の、顔はいとうつくしかりければ、宮もいとらうたくしたまふなりけり。

 とおっしゃる。去年の冬、ある人が奉公させた童女で、顔がとてもかわいらしかったので、宮もとてもかわいがっていらっしゃるのだった。



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