第三章 浮舟と薫の物語 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す
5. 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す
本文 |
現代語訳 |
山の方は霞隔てて、寒き洲崎に立てる鵲の姿も、所からはいとをかしう見ゆるに、宇治橋のはるばると見わたさるるに、柴積み舟の所々に行きちがひたるなど、他にて目馴れぬことどものみとり集めたる所なれば、見たまふたびごとに、なほそのかみのことのただ今の心地して、いとかからぬ人を見交はしたらむだに、めづらしき仲のあはれ多かるべきほどなり。 |
山の方は霞が隔てて、寒い洲崎に立っている鵲の姿も、場所柄かとても興趣深く見えるが、宇治橋がはるばると見渡されるところに、柴積み舟があちこちで行き交っているのなどが、他の場所では見慣れないことばかりがあれやこれやある所なので、御覧になる度ごとに、やはりその当時のことがまるで今のような気がして、ほんとにそうでもない女を相手にする時でさえ、めったにない逢瀬の情が多いにちがいないところである。 |
まいて、恋しき人によそへられたるもこよなからず、やうやうものの心知り、都馴れゆくありさまのをかしきも、こよなく見まさりしたる心地したまふに、女は、かき集めたる心のうちに、催さるる涙、ともすれば出でたつを、慰めかねたまひつつ、 |
それ以上に、恋しい女に似ているのもこの上なく、だんだんと男女の情理を知り、都の女らしくなってゆく様子がかわいらしいのも、すっかり良くなった感じがなさるが、女は、あれこれ物思いする心中に、いつの間にかこみ上げてくる涙、ややもすれば流れ出すのを、慰めかねなさって、 |
「宇治橋の長き契りは朽ちせじを 危ぶむ方に心騒ぐな |
「宇治橋のように末長い約束は朽ちないから 不安に思って心配なさるな |
今見たまひてむ」 |
やがてお分かりになりましょう」 |
とのたまふ。 |
とおっしゃる。 |
「絶え間のみ世には危ふき宇治橋を 朽ちせぬものとなほ頼めとや」 |
「絶え間ばかりが気がかりでございます宇治橋なのに 朽ちないものと依然頼りにしなさいとおっしゃるのですか」 |
さきざきよりもいと見捨てがたく、しばしも立ちとまらまほしく思さるれど、人のもの言ひのやすからぬに、「今さらなり。心やすきさまにてこそ」など思しなして、暁に帰りたまひぬ。「いとようもおとなびたりつるかな」と、心苦しく思し出づること、ありしにまさりけり。 |
以前よりもまことに見捨てがたく、暫くの間も逗留していたくお思いになるが、世間の噂がうるさいので、「今さら長居をすべきでもない。気楽に会える時になったら」などとお考えになって、早朝にお帰りになった。「とても素晴らしく成長なさったな」と、おいたわしくお思い出しになること、今まで以上であった。 |