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浮舟

第四章 浮舟と匂宮の物語 匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す   

1. 二月十日、宮中の詩会催される    

 

本文

現代語訳

 如月の十日のほどに、内裏に文作らせたまふとて、この宮も大将も参りあひたまへり。折に合ひたる物の調べどもに、宮の御声はいとめでたくて、「梅が枝」など謡ひたまふ。何ごとも人よりはこよなうまさりたまへる御さまにて、すずろなること思し焦らるるのみなむ、罪深かりける。

 二月の十日ころに、内裏で作文会を開催あそばすということで、この宮も大将も参内なさった。季節に適った楽器の響きに、宮のお声は実に素晴らしく、「梅が枝」などを謡いなさる。何事も誰よりもこの上なく上手でいらっしゃるご様子で、つまらないことに熱中なさることだけが、罪深いことであった。

 雪にはかに降り乱れ、風など烈しければ、御遊びとくやみぬ。この宮の御宿直所に、人びと参りたまふ。もの参りなどして、うち休みたまへり。

 雪が急に降り乱れ、風などが烈しく吹いたので、御遊会は早く終わりになった。この宮の御宿直部屋に、人びとがお集まりになる。食事を召し上がったりして、休んでいらっしゃった。

 大将、人にもののたまはむとて、すこし端近く出でたまへるに、雪のやうやう積もるが、星の光におぼおぼしきを、「闇はあやなし」とおぼゆる匂ひありさまにて、

 大将、誰かに何かおっしゃろうとして、少し端近くにお出になったが、雪がだんだんと降り積もったのが、星の光ではっきりとしないので、「闇はわけが分からない」と思われる匂いや姿で、

 「衣片敷き今宵もや」

 「小さい筵に衣を独り敷いて今夜も宇治の姫君はで待っていることだろう」

 と、うち誦じたまへるも、はかなきことを口ずさびにのたまへるも、あやしくあはれなるけしき添へる人ざまにて、いともの深げなり。

 と、ふと口ずさみなさったのも、ちょっとしたことを口ずさんだのだが、妙にしみじみとした情感をそそる人柄なので、たいそう奥ゆかしく見える。

 言しもこそあれ、宮は寝たるやうにて、御心騒ぐ。

 他に歌はいくらでもあろうに、宮は寝入っていたようだが、お心が騒ぐ。

 「おろかには思はぬなめりかし。片敷く袖を、我のみ思ひやる心地しつるを、同じ心なるもあはれなり。侘しくもあるかな。かばかりなる本つ人をおきて、我が方にまさる思ひは、いかでつくべきぞ」

 「いい加減には思っていないようだ。独り寂しくいるだろうと、わたしだけが思いやっていると思ったのに、同じ気持ちでいるとは憎らしい。やるせない話だ。あれほどの元からの人をおいて、自分の方にいっそうの愛情を、どうして向けることができようか」

 とねたう思さる。

 と悔しく思わずにはいらっしゃれない。

 明朝、雪のいと高う積もりたるに、文たてまつりたまはむとて、御前に参りたまへる御容貌、このころいみじく盛りにきよげなり。かの君も同じほどにて、今二つ、三つまさるけぢめにや、すこしねびまさるけしき用意などぞ、ことさらにも作りたらむ、あてなる男の本にしつべくものしたまふ。「帝の御婿にて飽かぬことなし」とぞ、世人もことわりける。才なども、おほやけおほやけしき方も、後れずぞおはすべき。

 早朝、雪が深く積もったので、詩文を献上しようとして、御前に参上なさったご器量は、最近特に男盛りで美しそうに見える。あの君も同じくらいの年齢で、もう二、三歳年長の違いからか、少し老成した態度や心配りなどは、特別に作り出したような、上品な男の手本のようでいらっしゃる。「帝の婿君として不足がない」と、世間の人も判断している。詩文の才能なども、政治向きの才能も、誰にも負けないでいらっしゃったのだろう。

 文講じ果てて、皆人まかでたまふ。宮の御文を、「すぐれたり」と誦じののしれど、何とも聞き入れたまはず、「いかなる心地にて、かかることをもし出づらむ」と、そらにのみ思ほしほれたり。

 詩文の披講がすっかり終わって、参会者皆が退出なさる。宮の詩文を「優れていた」と朗誦して誉めるが、何ともお感じにならず、「どのような気持ちで、こんなことをしているのか」と、ぼんやりとばかりしていらっしゃった。



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