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浮舟

第四章 浮舟と匂宮の物語 匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す   

5. 匂宮、浮舟と一日を過ごす    

 

本文

現代語訳

 人目も絶えて、心やすく語らひ暮らしたまふ。「かの人のものしたまへりけむに、かくて見えてむかし」と、思しやりて、いみじく怨みたまふ。二の宮をいとやむごとなくて、持ちたてまつりたまへるありさまなども語りたまふ。かの耳とどめたまひし一言は、のたまひ出でぬぞ憎きや。

 人目も絶えて、気楽に話し合って一日お過ごしになる。「あの方がいらっしゃったときに、このようにお会いになっているのだろう」と、ご想像になって、ひどくお恨みになる。二の宮をとても大切に扱って、北の方としていらっしゃるご様子などもお話しになる。あのお耳に止めなさった一言は、おっしゃらないのは憎いことであるよ。

 時方、御手水、御くだものなど、取り次ぎて参るを御覧じて、

 時方が、御手水や、果物などを、取り次いで差し上げるのを御覧になって、

 「いみじくかしづかるめる客人の主、さてな見えそや」

 「たいそう大切にされている客人は、そのような姿を他人に見られるでないぞ」

 と戒めたまふ。侍従、色めかしき若人の心地に、いとをかしと思ひて、この大夫とぞ物語して暮らしける。

 と戒めなさる。侍従は、好色っぽい若い女の考えから、とても素晴らしいと思って、この大夫と話をして一日暮らしたのであった。

 雪の降り積もれるに、かのわが住む方を見やりたまへれば、霞の絶え絶えに梢ばかり見ゆ。山は鏡を懸けたるやうに、きらきらと夕日に輝きたるに、昨夜、分け来し道のわりなさなど、あはれ多う添へて語りたまふ。

 雪が降り積もっているので、あのご自分が住む家の方を眺望なさると、霞の絶え間に梢だけが見える。山は鏡を懸けたように、きらきらと夕日に輝いているところに、昨夜、踏み分けて来た道のひどさなどを、同情を誘うようにお話しになる。

 「峰の雪みぎはの氷踏み分けて

   君にぞ惑ふ道は惑はず

 「峰の雪や水際の氷を踏み分けて

   あなたに心は迷いましたが、道中では迷いません

 木幡の里に馬はあれど」

 木幡の里に馬はあるが」

 など、あやしき硯召し出でて、手習ひたまふ。

 などと、見苦しい硯を召し出して、手習いなさる。

 「降り乱れみぎはに凍る雪よりも

   中空にてぞ我は消ぬべき」

 「降り乱れて水際で凍っている雪よりも

   はかなくわたしは中途で消えてしまいそうです」

 と書き消ちたり。この「中空」をとがめたまふ。「げに、憎くも書きてけるかな」と、恥づかしくて引き破りつ。さらでだに見るかひある御ありさまを、いよいよあはれにいみじと、人の心にしめられむと、尽くしたまふ言の葉、けしき、言はむ方なし。

 と書いて消した。この「中空」をお咎めになる。「なるほど、憎いことを書いたものだわ」と、恥ずかしくて引き破った。そうでなくても見る効のあるご様子を、ますます感激して素晴らしいと、相手が心に思い込むようにと、あらん限りの言葉を尽くすご様子、態度は、何とも表現のしようがない。



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