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浮舟

第四章 浮舟と匂宮の物語 匂宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す   

6. 匂宮、京へ帰り立つ    

 

本文

現代語訳

 御物忌、二日とたばかりたまへれば、心のどかなるままに、かたみにあはれとのみ、深く思しまさる。右近は、よろづに例の、言ひ紛らはして、御衣などたてまつりたり。今日は、乱れたる髪すこし削らせて、濃き衣に紅梅の織物など、あはひをかしく着替へてゐたまへり。侍従も、あやしき褶着たりしを、あざやぎたれば、その裳を取りたまひて、君に着せたまひて、御手水参らせたまふ。

 御物忌を、二日とおだましになっていたので、のんびりとしたまま、お互いに愛しいとばかり、深くご愛情がまさって行く。右近は、いろいろと例によって、言い紛らして、お召物などを差し上げた。今日は、乱れた髪を少し梳かせて、濃い紫の袿に紅梅の織物などを、ちょうどよい具合に着替えていらっしゃった。侍従も、見苦しい褶を着ていたが、美しいのに着替えたので、その裳をお取りになって、女君にお着せになって、御手水の世話をおさせになる。

 「姫宮にこれをたてまつりたらば、いみじきものにしたまひてむかし。いとやむごとなき際の人多かれど、かばかりのさましたるは難くや」

 「姫宮にこの女を出仕させたら、どんなにか大事になさるだろう。とても高貴な身分の女性が多いが、これほどの様子をした女性はいないのではないか」

 と見たまふ。かたはなるまで遊び戯れつつ暮らしたまふ。忍びて率て隠してむことを、返す返すのたまふ。「そのほど、かの人に見えたらば」と、いみじきことどもを誓はせたまへば、「いとわりなきこと」と思ひて、いらへもやらず、涙さへ落つるけしき、「さらに目の前にだに思ひ移らぬなめり」と胸痛う思さる。怨みても泣きても、よろづのたまひ明かして、夜深く率て帰りたまふ。例の、抱きたまふ。

 と御覧になる。みっともないほど遊び戯れながら一日お過ごしになる。こっそりと連れ出して隠そうということを、繰り返しおっしゃる。「その間に、あの方に逢ったら承知しない」と、厳しいことを誓わせなさるので、「実に困ったこと」と思って、返事もできず、涙までが落ちる様子、「全然目の前にいるときでさえもわたしに愛情が移らないようだ」と胸が痛く思われなさる。恨んだり泣いたり、いろいろとおっしゃって夜を明かして、夜深く連れてお帰りになる。例によって、お抱きになる。

 「いみじく思すめる人は、かうは、よもあらじよ。見知りたまひたりや」

 「大切にお思いの方は、このようには、なさるまいよ。お分かりになりましたか」

 とのたまへば、げに、と思ひて、うなづきて居たる、いとらうたげなり。右近、妻戸放ちて入れたてまつる。やがて、これより別れて出でたまふも、飽かずいみじと思さる。

 とおっしゃると、お言葉のとおりだ、と思って、うなずいて座っているのは、たいそういじらしげである。右近が、妻戸を開け放ってお入れ申し上げる。そのまま、ここで別れてお帰りになるのも、あかず悲しいとお思いになる。



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