第六章 浮舟と薫の物語 浮舟、右近の姉の悲話から死を願う
1. 薫と匂宮の使者同士出くわす
本文 |
現代語訳 |
殿の御文は今日もあり。悩ましと聞こえたりしを、「いかが」と、訪らひたまへり。 |
殿のお手紙は今日もある。気分が悪いと申し上げていたので、「いかがな具合ですか」と、お見舞いくださった。 |
「みづからと思ひはべるを、わりなき障り多くてなむ。このほどの暮らしがたさこそ、なかなか苦しく」 |
「自分自身でと思っておりますが、止むを得ない支障が多くありまして。待っている間の身のつらさが、かえって苦しい」 |
などあり。宮は、昨日の御返りもなかりしを、 |
などとある。宮は、昨日のお返事がなかったのを、 |
「いかに思しただよふぞ。風のなびかむ方もうしろめたくなむ。いとどほれまさりて眺めはべる」 |
「どのようにお迷いになっているのか。思わぬ方に靡くのかと気がかりです。ますますぼうっとして物思いに耽っております」 |
など、これは多く書きたまへり。 |
などと、こちらはたくさんお書きになっていた。 |
雨降りし日、来合ひたりし御使どもぞ、今日も来たりける。殿の御随身、かの少輔が家にて時々見る男なれば、 |
雨が降った日、来合わせたお使い連中が、今日も来たのであった。殿の御随身は、あの少輔の家で時々見る男なので、 |
「真人は、何しに、ここにはたびたびは参るぞ」 |
「あなたは、何しに、こちらに度々参るのですか」 |
と問ふ。 |
と尋ねる。 |
「私に訪らふべき人のもとに参うで来るなり」 |
「私用で尋ねる人のもとに参るのです」 |
と言ふ。 |
と答える。 |
「私の人にや、艶なる文はさし取らする、けしきある真人かな。もの隠しはなぞ」 |
「私用の相手に、恋文を届けるとは、不思議な方ですね。隠しているのはなぜですか」 |
と言ふ。 |
と尋ねる。 |
「まことは、この守の君の、御文、女房にたてまつりたまふ」 |
「本当は、わたしの主人の守の君が、お手紙を、女房に差し上げなさるのです」 |
と言へば、言違ひつつあやしと思へど、ここにて定め言はむも異やうなべければ、おのおの参りぬ。 |
と言うので、返事が次々変わるので変だと思うが、ここではっきりさせるのも変なので、それぞれが参上した。 |