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蜻蛉

第一章 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転   

5. 浮舟の母、宇治に到着    

 

本文

現代語訳

 雨のいみじかりつる紛れに、母君も渡りたまへり。さらに言はむ方もなく、

 雨がひどく降ったのに隠れて、母君もお越しになった。まったく何とも言いようなく、

 「目の前に亡くなしたらむ悲しさは、いみじうとも、世の常にて、たぐひあることなり。これは、いかにしつることぞ」

 「目の前で亡くなった悲しさは、どんなに悲しくあっても、世の中の常で、いくらでもあることだ。これは、いったいどうしたことか」

 と惑ふ。かかることどもの紛れありて、いみじうもの思ひたまふらむとも知らねば、身を投げたまへらむとも思ひも寄らず、

 とうろうろする。このような込み入った事件があって、ひどく物思いなさっていたとは知らないので、身を投げなさったとは思いも寄らず、

 「鬼や食ひつらむ。狐めくものや取りもて去ぬらむ。いと昔物語のあやしきもののことのたとひにか、さやうなることも言ふなりし」

 「鬼が喰ったのか。狐のような魔物が連れさらったのか。まことに昔物語の妙な事件の例にか、そのような事も言っていた」

 と思ひ出づ。

 と思い出す。

 「さては、かの恐ろしと思ひきこゆるあたりに、心など悪しき御乳母やうの者や、かう迎へたまふべしと聞きて、めざましがりて、たばかりたる人もやあらむ」

 「それとも、あの恐ろしいとお思い申し上げる方の所で、意地悪な乳母のような者が、このようにお迎えになる予定と聞いて、目障りに思って、誘拐を企んだ人でもあろうか」

 と、下衆などを疑ひ、

 と、下衆などを疑って、

 「今参りの、心知らぬやある」

 「新参者で、気心の知れない者はいないか」

 と問へば、

 と尋ねるが、

「いと世離れたりとて、ありならはぬ人は、ここにてはかなきこともえせず、今とく参らむ、と言ひてなむ、皆、そのいそぐべきものどもなど取り具しつつ、帰り出ではべりにし」

 「とても世間離れした所だといって、住み馴れない新参者は、こちらではちょっとしたこともできず、又すぐに参上しましょう、と言っては、皆、その引っ越しの準備の物などを持っては、京に帰ってしまいました」

 とて、もとよりある人だに、片へはなくて、いと人少ななる折になむありける。

 と言って、元からいる女房でさえ、半分はいなくなって、まことに人数少ないときであった。



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