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蜻蛉

第二章 浮舟の物語 浮舟失踪と薫、匂宮   

6. 人は非情の者に非ず   

 

本文

現代語訳

 「いみじくも思したりつるかな。いとはかなかりけれど、さすがに高き人の宿世なりけり。当時の帝、后の、さばかりかしづきたてまつりたまふ親王、顔容貌よりはじめて、ただ今の世にはたぐひおはせざめり。見たまふ人とても、なのめならず、さまざまにつけて、限りなき人をおきて、これに御心を尽くし、世の人立ち騷ぎて、修法、読経、祭、祓と、道々に騒ぐは、この人を思すゆかりの、御心地のあやまりにこそはありけれ。

 「ひどくご執心であったな。まことにあっけなかったが、やはりよい運勢の女であった。今上の帝や、后が、あれほど大切になさっていらっしゃる親王で、顔かたちをはじめとして、今の世の中には他にいらっしゃらないようだ。寵愛なさる夫人でも、並一通りでなく、それぞれにつけて、この上ない方をさしおいて、この女にお気持ちを尽くし、世間の人が大騒ぎして、修法、読経、祈祷、祓いと、それぞれ専門に騒ぐのは、この女に執着したための、ご病気であったのだ。

 我も、かばかりの身にて、時の帝の御女を持ちたてまつりながら、この人のらうたくおぼゆる方は、劣りやはしつる。まして、今はとおぼゆるには、心をのどめむ方なくもあるかな。さるは、をこなり、かからじ」

 自分も、これほどの身分で、今上の帝の内親王をいただきながら、この女がいじらしく思えたのは、宮に負けていようか。それ以上に、今は亡き人かと思うと、心の静めようがない。とはいえ、愚かしいことだ。そうはすまい」

 と思ひ忍ぶれど、さまざまに思ひ乱れて、

 と我慢するが、いろいろと思い乱れて、

 「人木石に非ざれば皆情けあり」

 「人は木や石ではないので、みな感情をもっている」

 と、うち誦じて臥したまへり。

 と、口ずさみなさって臥せっていらっしゃった。

 後のしたためなども、いとはかなくしてけるを、「宮にもいかが聞きたまふらむ」と、いとほしくあへなく、「母のなほなほしくて、兄弟あるはなど、さやうの人は言ふことあんなるを思ひて、こと削ぐなりけむかし」など、心づきなく思す。

 後の葬送なども、まことに簡略にしてしまったのを、「宮におかれてもどのようにお聞きになろうか」と、お気の毒で張り合いがないので、「母が普通の身分で、兄弟のある人はなどと、そのような人は言うことがあるというのを思って、簡略にするのであったろう」などと、気にくわなくお思いになる。

 おぼつかなさも限りなきを、ありけむさまもみづから聞かまほしと思せど、「長籠もりしたまはむも便なし。行きと行きて立ち帰らむも心苦し」など、思しわづらふ。

 気がかりさも限りがないので、その時の実際の様子を自分でも聞きたくお思いになるが、「長い忌籠もりなさるのも不都合である。行くには行ってもすぐ帰るのは心苦しい」などと、ご思案なさる。



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