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蜻蛉

第三章 匂宮の物語 匂宮、侍従を迎えて語り合う   

5. 侍従、宇治へ帰る   

 

本文

現代語訳

 何ばかりのものとも御覧ぜざりし人も、睦ましくあはれに思さるれば、

 何程の者ともお考えでなかった侍従も、親しくしみじみと思われなさるので、

 「わがもとにあれかし。あなたももて離るべくやは」

 「わたしの側にいなさい。あちらにも縁がないではない」

 とのたまへば、

 とおっしゃると、

 「さて、さぶらはむにつけても、もののみ悲しからむを思ひたまへれば、今この御果てなど過ぐして」

 「そのようにして、お仕えしますにつけても、何となく悲しく存じられますので、もう暫くこの御忌みなどを済ませましてから」

 と聞こゆ。「またも参れ」など、この人をさへ、飽かず思す。

 と申し上げる。「再び参るように」などと、この人までも、別れがたくお思いになる。

 暁帰るに、かの御料にとてまうけさせたまひける櫛の筥一具、衣筥一具、贈物にせさせたまふ。さまざまにせさせたまふことは多かりけれど、おどろおどろしかりぬべければ、ただこの人に仰せたるほどなりけり。

 早朝に帰る時に、あの方の御料にと思って準備なさっていた櫛の箱一具、衣箱一具を、贈物にお遣わしになる。いろいろとお整えさせになったことは多かったが、仰々しくなってしまいそうなので、ただ、この人に与えるのに相応な程度であった。

 「なに心もなく参りて、かかることどものあるを、人はいかが見む。すずろにむつかしきわざかな」

 「何も考えなく参上して、このようなことがあったのを、女房はどのように見るだろうか。何となく厄介なことだわ」

 と思ひわぶれど、いかがは聞こえ返さむ。

 と困るが、どうして辞退申し上げられよう。

 右近と二人、忍びて見つつ、つれづれなるままに、こまかに今めかしうし集めたることどもを見ても、いみじう泣く。装束もいとうるはしうし集めたるものどもなれば、

 右近と二人で、こっそりと見ながら、所在ないままに、精巧で今風に仕立ててあるのを見ても、ひどく泣く。装束もたいそう立派に仕立て上げられたものばかりなので、

 「かかる御服に、これをばいかでか隠さむ」

 「このような服喪期間中なので、これをどう隠したものか」

 など、もてわづらひける。

 などと、困るのであった。



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