第四章 薫の物語 薫、浮舟の法事を営む
4. 薫、宇治の過去を追懐す
本文 |
現代語訳 |
「宮の上の、のたまひ始めし、人形とつけそめたりしさへゆゆしう、ただ、わが過ちに失ひつる人なり」と思ひもてゆくには、「母のなほ軽びたるほどにて、後の後見もいとあやしく、ことそぎてしなしけるなめり」と心ゆかず思ひつるを、詳しう聞きたまふになむ、 |
「宮の上が、おっしゃり始めた、人形と名付けたのまでが不吉で、ただ、自分の過失によって亡くした人である」と考え続けて行くと、「母親がやはり身分が軽いので、葬送もとても風変わりに、簡略にしたのであろう」と合点が行かず思っていたが、詳しくお聞きになると、 |
「いかに思ふらむ。さばかりの人の子にては、いとめでたかりし人を、忍びたることはかならずしもえ知らで、わがゆかりにいかなることのありけるならむ、とぞ思ふなるらむかし」 |
「どのように思っているだろう。あの程度の身分の子としては、まことに結構であった人を、秘密の事は必ずしも知らないで、自分との縁でどのようなことがあったのであろう、と思っているであろう」 |
など、よろづにいとほしく思す。穢らひといふことはあるまじけれど、御供の人目もあれば、昇りたまはで、御車の榻を召して、妻戸の前にぞゐたまひけるも、見苦しければ、いと茂き木の下に、苔を御座にて、とばかり居たまへり。「今はここを来て見むことも心憂かるべし」とのみ、見めぐらしたまひて、 |
などと、いろいろとお気の毒にお思いになる。穢れということはないであろうが、お供の人の目もあるので、お上がりにならず、お車の榻を召して、妻戸の前で座っていたのも、見苦しいので、たいそう茂った樹の下で、苔をお敷物として、暫くお座りになった。「今ではここに来て見ることさえつらいことであろう」とばかり、まわりを御覧になって、 |
「我もまた憂き古里を荒れはてば 誰れ宿り木の蔭をしのばむ」 |
「わたしもまた、嫌なこの古里を離れて、荒れてしまったら 誰がここの宿の事を思い出すであろうか」 |
阿闍梨、今は律師なりけり。召して、この法事のことおきてさせたまふ。念仏僧の数添へなどせさせたまふ。「罪いと深かなるわざ」と思せば、軽むべきことをぞすべき、七日七日に経仏供養ずべきよしなど、こまかにのたまひて、いと暗うなりぬるに帰りたまふも、「あらましかば、今宵帰らましやは」とのみなむ。 |
阿闍梨は、今では律師になっていた。呼び寄せて、この法事の事をお命じ置きになる。念仏僧の数を増やしたりなどおさせになる。「罪障のとても深いことだ」とお思いになると、その軽くなることをするように、七日七日ごとにお経や仏を供養するようになど、こまごまとお命じになって、たいそう暗くなったのでお帰りになるのも、「もしも生きていたら、今夜のうちに帰ろうか」とばかりである。 |
尼君に消息せさせたまへれど、 |
尼君にも挨拶をおさせになったが、 |
「いともいともゆゆしき身をのみ思ひたまへ沈みて、いとどものも思ひたまへられず、ほれはべりてなむ、うつぶし臥してはべる」 |
「とてもとても不吉な身だとばかり存じられ沈み込んで、ますます何も考えられず、茫然として、臥せっております」 |
と聞こえて、出で来ねば、しひても立ち寄りたまはず。 |
と申し上げて、出て来ないので、無理してはお立ち寄りにならない。 |
道すがら、とく迎へ取りたまはずなりにけること悔しう、水の音の聞こゆる限りは、心のみ騷ぎたまひて、「骸をだに尋ねず、あさましくてもやみぬるかな。いかなるさまにて、いづれの底のうつせに混じりけむ」など、やる方なく思す。 |
道中、早くお迎えしなかったことが悔しく、川の音が聞こえる間は、心も落ち着きなさらず、「亡骸さえも捜さず、情けないことに終わってしまったなあ。どのような状態で、どこの川底に貝殻とともにいるのであろうか」などと、やるせなくお思いになる。 |