第一章 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる
6. 宇治の里人、僧都に葬送のことを語る
本文 |
現代語訳 |
二日ばかり籠もりゐて、二人の人を祈り加持する声絶えず、あやしきことを思ひ騒ぐ。そのわたりの下衆などの、僧都に仕まつりける、かくておはしますなりとて、とぶらひ出で来るも、物語などして言ふを聞けば、 |
二日ほど籠もっていて、二人の女性を祈り加持する声がひっきりなしで、不思議な事件だと思ってあれこれ言う。その近辺の下衆などで、僧都にお仕え申していた者が、こうしてお出でになっていると聞いて、挨拶に出て来たが、世間話などして言うのを聞くと、 |
「故八の宮の御女、右大将殿の通ひたまひし、ことに悩みたまふこともなくて、にはかに隠れたまへりとて、騷ぎはべる。その御葬送の雑事ども仕うまつりはべりとて、昨日はえ参りはべらざりし」 |
「故八の宮の姫君で、右大将殿がお通いになっていた方が、特にご病気になったということもなくて、急にお亡くなりになったと言って、大騒ぎしております。そのご葬送の雑事類にお仕え致しますために、昨日は参上できませんでした」 |
と言ふ。「さやうの人の魂を、鬼の取りもて来たるにや」と思ふにも、かつ見る見る、「あるものともおぼえず、危ふく恐ろし」と思す。人びと、 |
と言う。「そのような人の魂を、鬼が取って持って来たのであろうか」と思うにも、一方では見ながら、「生きている人とも思えず、危なっかしく恐ろしい」とお思いになる。人びとは、 |
「昨夜見やられし火は、しかことことしきけしきも見えざりしを」 |
「昨夜見やられた火は、そのように大げさなふうには見えませんでしたが」 |
と言ふ。 |
と言う。 |
「ことさら事削ぎて、いかめしうもはべらざりし」 |
「格別に簡略にして、盛大ではございませんでした」 |
と言ふ。穢らひたる人とて、立ちながら追ひ返しつ。 |
と言う。死穢に触れた人だからというので、立ったままで帰らせた。 |
「大将殿は、宮の御女持ちたまへりしは、亡せたまひて、年ごろになりぬるものを、誰れを言ふにかあらむ。姫宮をおきたてまつりたまひて、よに異心おはせじ」 |
「大将殿は、宮の姫君をお持ちになっていたのは、お亡くなりになって、何年にもなったが、誰を言うのでしょうか。姫宮をさし置き申しては、まさか浮気心はおありでない」 |
など言ふ。 |
などと言う。 |