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手習

第二章 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活   

4. 浮舟、五戒を受く   

 

本文

現代語訳

 「いかなれば、かく頼もしげなくのみはおはするぞ。うちはへぬるみなどしたまへることは冷めたまひて、さはやかに見えたまへば、うれしう思ひきこゆるを」

 「どうして、このように頼りなさそうにばかりしていらっしゃるのですか。ずっと熱がおありだったのは下がりなさって、さわやかにお見えになるので、嬉しくお思い申し上げていましたのに」

 と、泣く泣く、たゆむ折なく添ひゐて扱ひきこえたまふ。ある人びとも、あたらしき御さま容貌を見れば、心を尽くしてぞ惜しみまもりける。心には、「なほいかで死なむ」とぞ思ひわたりたまへど、さばかりにて、生き止まりたる人の命なれば、いと執念くて、やうやう頭もたげたまへば、もの参りなどしたまふにぞ、なかなか面痩せもていく。いつしかとうれしう思ひきこゆるに、

 と、泣きながら、気を緩めることなく付き添ってお世話申し上げなさる。仕える女房たちも、惜しいお姿や容貌を見ると、誠心誠意惜しんで看病したのであった。内心では、「やはり何とかして死にたい」と思い続けていらしたが、あれほどの状態で、生き返った人の命なので、とてもねばり強くて、だんだんと頭もお上げになったので、食物を召し上がりなさるが、かえって容貌もひきしまって行く。はやく好くなってほしいと嬉しくお思い申し上げていたところ、

 「尼になしたまひてよ。さてのみなむ生くやうもあるべき」

 「尼にしてください。そうしたら生きて行くようもありましょう」

 とのたまへば、

 とおっしゃるので、

 「いとほしげなる御さまを。いかでか、さはなしたてまつらむ」

 「あたら惜しいお身を。どうして、そのように致せましょう」

 とて、ただ頂ばかりを削ぎ、五戒ばかりを受けさせたてまつる。心もとなけれど、もとよりおれおれしき人の心にて、えさかしく強ひてものたまはず。僧都は、

 と言って、ただ頂の髪だけを削いで、五戒だけを受けさせ申し上げる。不安であるが、もともとはきはきしない性分で、さし出て強くもおっしゃらない。僧都は、

 「今は、かばかりにて、いたはり止めたてまつりたまへ」

 「今はもう、このくらいにしておいて、看病して差し上げなさい」

 と言ひ置きて、登りたまひぬ。

 とだけ言い残して、山へ登っておしまいになった。



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