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手習

第二章 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活   

5. 浮舟、素性を隠す   

 

本文

現代語訳

 「夢のやうなる人を見たてまつるかな」と尼君は喜びて、せめて起こし据ゑつつ、御髪手づから削りたまふ。さばかりあさましう、ひき結ひてうちやりたりつれど、いたうも乱れず、解き果てたれば、つやつやとけうらなり。一年足らぬ九十九髪多かる所にて、目もあやに、いみじき天人の天降れるを見たらむやうに思ふも、危ふき心地すれど、

 「夢に見た人をお世話申し上げるようなことだわ」と尼君は喜んで、無理に起こして座らせながら、お髪をご自身でお梳かしになる。あのように驚きあきれ、結んでおいたが、ひどくは乱れず、解き放ってみると、つやつやとして美しい。白髪の人の多い所なので、目もあざやかに、美しい天人が地上に下りたのを見たように思うのも、不安な気がするが、

 「などか、いと心憂く、かばかりいみじく思ひきこゆるに、御心を立てては見えたまふ。いづくに誰れと聞こえし人の、さる所にはいかでおはせしぞ」

 「どうして、とても情けなく、こんなにたいそうお世話申し上げていますのに、強情をはっていらっしゃるのですか。どこの誰と申し上げた方が、そのような所にどうしておいでになったのですか」

 と、せめて問ふを、いと恥づかしと思ひて、

 と、しいて尋ねるのを、とても恥ずかしいと思って、

 「あやしかりしほどに、皆忘れたるにやあらむ、ありけむさまなどもさらにおぼえはべらず。ただ、ほのかに思ひ出づることとては、ただ、いかでこの世にあらじと思ひつつ、夕暮ごとに端近くて眺めしほどに、前近く大きなる木のありし下より、人の出で来て、率て行く心地なむせし。それより他のことは、我ながら、誰れともえ思ひ出でられはべらず」

 「意識を失っている間に、すっかり忘れてしまったのでしょうか、以前の様子などもまったく覚えておりません。ただ、かすかに思い出すこととしては、ただ、何とかしてこの世から消えたいと思いながら、夕暮になると端近くで物思いをしていたときに、前の近くにある大きな木があった下から、人が出て来て、連れて行く気がしました。それ以外のことは、自分自身でも、誰とも思い出すことができません」

 と、いとらうたげに言ひなして、

 と、とてもかわいらしげに言って、

 「世の中に、なほありけりと、いかで人に知られじ。聞きつくる人もあらば、いといみじくこそ」

 「この世に、やはり生きていたと、何とか人に知られたくない。聞きつける人がいたら、とても悲しい」

 とて泣いたまふ。あまり問ふをば、苦しと思したれば、え問はず。かぐや姫を見つけたりけむ竹取の翁よりも、珍しき心地するに、「いかなるものの隙に消え失せむとすらむ」と、静心なくぞ思しける。

 と言ってお泣きになる。あまり尋ねるのを、つらいとお思いなので、尋ねることもできない。かぐや姫を見つけた竹取の翁よりも、珍しい気がするので、「どのような何かの機会に姿が消え失せてしまうのか」と、落ち着かない気持ちでいた。



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