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手習

第四章 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す   

5. 浮舟、悲運のわが身を思う   

 

本文

現代語訳

 昔よりのことを、まどろまれぬままに、常よりも思ひ続くるに、

 昔からのことを、眠れないままに、いつもよりも思い続けていると、

 「いと心憂く、親と聞こえけむ人の御容貌も見たてまつらず、遥かなる東を返る返る年月をゆきて、たまさかに尋ね寄りて、うれし頼もしと思ひきこえし姉妹の御あたりをも、思はずにて絶え過ぎ、さる方に思ひ定めたまひし人につけて、やうやう身の憂さをも慰めつべききはめに、あさましうもてそこなひたる身を思ひもてゆけば、宮を、すこしもあはれと思ひきこえけむ心ぞ、いとけしからぬ。ただ、この人の御ゆかりにさすらへぬるぞ」

 「とても情けなく、父親と申し上げた方のお顔も拝し上げず、遥か遠い東国で代わる代わる年月を過ごして、たまたま探し求めて、嬉しく頼もしくお思い申し上げた姉君のお側を、不本意のままに縁が切れてしまい、しかるべき方面にとお考えくださった方によって、だんだんと身の不運から抜け出そうとした矢先に、驚きあきれたように身を過ったのを考えて行くと、宮を、わずかにいとしいとお思い申し上げた心が、まことに良くないことであった。ただ、あの方に巡り合った御縁で流れ流れて来たのだ」

 と思へば、「小島の色をためしに契りたまひしを、などてをかしと思ひきこえけむ」と、こよなく飽きにたる心地す。初めより、薄きながらものどやかにものしたまひし人は、この折かの折など、思ひ出づるぞこよなかりける。「かくてこそありけれ」と、聞きつけられたてまつらむ恥づかしさは、人よりまさりぬべし。さすがに、「この世には、ありし御さまを、よそながらだにいつか見むずる、とうち思ふ、なほ、悪ろの心や。かくだに思はじ」など、心一つをかへさふ。

 と思うと、「橘の小島の色を例にお誓いなさったのを、どうしてすてきだと思ったのだろう」と、すっかり熱もさめたような気がする。初めから、深い愛情ではなかったがゆったりとした方のことは、この折あの折になどと、思い出すことは比べものにならなかった。「こうして生きていたのだ」と、お耳にされ申すときの恥ずかしさは、誰よりも一番であろう。何といっても、「この世では、以前のご様子を他人ながらでもいつかは見ようと、ふと思うのは、やはり、悪い考えだ。それさえ思うまい」などと、自分独りで思い直す。

 からうして鶏の鳴くを聞きて、いとうれし。「母の御声を聞きたらむは、ましていかならむ」と思ひ明かして、心地もいと悪し。供にて渡るべき人もとみに来ねば、なほ臥したまへるに、いびきの人は、いと疾く起きて、粥などむつかしきことどもをもてはやして、

 やっとのことで鶏が鳴くのを聞いて、とても嬉しい。「母親のお声を聞いた時には、それ以上にどんな気がするだろう」と思って夜を明かして、気分もとても悪い。付人としてあちらに行くはずの人もすぐには来ないので、依然として臥せっていらっしゃると、鼾の老婆は、たいそう早く起きて、粥など見向きもしたくない食事を大騒ぎして、

 「御前に、疾く聞こし召せ」

 「あなたも、早くお召し上がれ」

 など寄り来て言へど、まかなひもいとど心づきなく、うたて見知らぬ心地して、

 などと寄って来て言うが、給仕役もまこと気に入らず、嫌な見知らない気がするので、

 「悩ましくなむ」

 「気分が悪いので」

 と、ことなしびたまふを、しひて言ふもいとこちなし。

 と、さりげなく断りなさるのを、無理に勧めるのもとても気がきかない。



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