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手習

第四章 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す   

6. 僧都、宮中へ行く途中に立ち寄る   

 

本文

現代語訳

 下衆下衆しき法師ばらなどあまた来て、

 身分の低いらしい法師どもなどが大勢来て、

 「僧都、今日下りさせたまふべし」

 「僧都が、今日下山あそばしますでしょう」

 「などにはかには」

 「どうして急に」

 と問ふなれば、

 と尋ねるようなので、

 「一品の宮の、御もののけに悩ませたまひける、山の座主、御修法仕まつらせたまへど、なほ、僧都参らせたまはでは験なしとて、昨日、二度なむ召しはべりし。右大臣殿の四位少将、昨夜、夜更けてなむ登りおはしまして、后の宮の御文などはべりければ、下りさせたまふなり」

 「一品の宮が、御物の怪にお悩みあそばしたのを、山の座主が、御修法をして差し上げなさったが、やはり、僧都が参上なさらなくては効験がないといって、昨日、二度お召しがございました。右大臣殿の四位少将が、昨夜、夜が更けて登山あそばして、后宮のお手紙などがございましたので、下山あそばすのです」

 など、いとはなやかに言ひなす。「恥づかしうとも、会ひて、尼になしたまひてよ、と言はむ。さかしら人少なくて、よき折にこそ」と思へば、起きて、

 などと、とても得意になって言う。「恥ずかしくても、お目にかかって、尼にしてください、と言おう。口出しする人も少なくて、ちょうどよい機会だ」と思うと、起きて、

 「心地のいと悪しうのみはべるを、僧都の下りさせたまへらむに、忌むこと受けはべらむとなむ思ひはべるを、さやうに聞こえたまへ」

 「気分が悪くばかりいますので、僧都が下山あそばしますときに、受戒をしていただこうと思っておりますが、そのように申し上げてください」

 と語らひたまへば、ほけほけしう、うちうなづく。

 と相談なさると、惚けた感じで、ちょっとうなずく。

 例の方におはして、髪は尼君のみ削りたまふを、異人に手触れさせむもうたておぼゆるに、手づからはた、えせぬことなれば、ただすこし解き下して、親に今一度かうながらのさまを見えずなりなむこそ、人やりならず、いと悲しけれ。いたうわづらひしけにや、髪もすこし落ち細りたる心地すれど、何ばかりも衰へず、いと多くて、六尺ばかりなる末などぞ、いとうつくしかりける。筋なども、いとこまかにうつくしげなり。

 いつもの部屋のいらして、髪は尼君だけがお梳きになるのを、他人に手を触れさせるのも嫌に思われるが、自分自身では、できないことなので、ただわずかに梳きおろして、母親にもう一度こうした姿をお見せすることがなくなってしまうのは、自分から望んだこととはいえ、とても悲しい。ひどく病んだせいだろうか、髪も少し抜けて細くなってしまった感じがするが、それほども衰えていず、たいそう多くて、六尺ほどある末などは、とても美しかった。髪の毛などもたいそうこまやかで美しそうである。

 「かかれとてしも」

 「こうなれと思って髪の世話はしなかったろうに」

 と、独りごちゐたまへり。

 と、独り言をおっしゃっていた。

 暮れ方に、僧都ものしたまへり。南面払ひしつらひて、まろなる頭つき、行きちがひ騷ぎたるも、例に変はりて、いと恐ろしき心地す。母の御方に参りたまひて、

 暮れ方に、僧都がおいでになった。南面を片づけ準備して、丸い頭の恰好が、あちこち行ったり来たりしてがやがやしているのも、いつもと違って、とても恐ろしい気がする。母尼のお側に参上なさって、

 「いかにぞ、月ごろは」

 「いかがですか、このごろは」

 など言ふ。

 などと言う。

 「東の御方は物詣でしたまひにきとか。このおはせし人は、なほものしたまふや」

 「東の御方は物詣でをなさったとか。ここにいらっしゃった方は、今でもおいでになりますか」

 など問ひたまふ。

 などとお尋ねになる。

 「しか。ここにとまりてなむ。心地悪しとこそものしたまひて、忌むこと受けたてまつらむ、とのたまひつる」

 「ええ。ここに残っています。気分が悪いとおっしゃって、受戒をお授かり申したい、とおっしゃいました」

 と語る。

 と話す。



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