第五章 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語
1. 少将の尼、浮舟の出家に気も動転
本文 |
現代語訳 |
かかるほど、少将の尼は、兄の阿闍梨の来たるに会ひて、下にゐたり。左衛門は、この私の知りたる人にあひしらふとて、かかる所にとりては、皆とりどりに、心寄せの人びとめづらしうて出で来たるに、はかなきことしける、見入れなどしけるほどに、こもき一人して、「かかることなむ」と少将の尼に告げたりければ、惑ひて来て見るに、わが御上の衣、袈裟などを、ことさらばかりとて着せたてまつりて、 |
このような間に、少将の尼は、兄の阿闍梨が来ていたのと会って、下の方にいた。左衛門は、自分の知り合いに応対するということで、このような所ではと、みなそれぞれに、好意をもっている人たちが久しぶりにやって来たので、簡単なもてなしをし、あれこれ気を配っていたりしたところに、こもきただ一人が、「これこれです」と少将の尼に知らせたので、驚いて来て見ると、ご自分の法衣や、袈裟などを、形式ばかりとお着せ申して、 |
「親の御方拝みたてまつりたまへ」 |
「親のいられる方角をお拝み申し上げなされ」 |
と言ふに、いづ方とも知らぬほどなむ、え忍びあへたまはで、泣きたまひにける。 |
と言うと、どの方角とも分からないので、堪えきれなくなって、泣いてしまわれなさった。 |
「あな、あさましや。など、かく奥なきわざはせさせたまふ。上、帰りおはしては、いかなることをのたまはせむ」 |
「まあ、何と情けない。どうして、このような早まったことをあそばしたのですか。尼上が、お帰りあそばしたら、何とおっしゃることでしょう」 |
と言へど、かばかりにしそめつるを、言ひ乱るもものしと思ひて、僧都諌めたまへば、寄りてもえ妨げず。 |
と言うが、これほど進んでしまったところで、とかく言って迷わせるのもよくないと思って、僧都が制止なさるので、近寄って妨げることもできない。 |
「流転三界中」 |
「流転三界中」 |
など言ふにも、「断ち果ててしものを」と思ひ出づるも、さすがなりけり。御髪も削ぎわづらひて、 |
などと言うのにも、「既に断ち切ったものを」と思い出すのも、さすがに悲しいのであった。お髪も削ぎかねて、 |
「のどやかに、尼君たちして、直させたまへ」 |
「ゆっくりと、尼君たちに、直していただきなさい」 |
と言ふ。額は僧都ぞ削ぎたまふ。 |
と言う。額髪は僧都がお削ぎになる。 |
「かかる御容貌やつしたまひて、悔いたまふな」 |
「このようなご器量を剃髪なさって、後悔なさるなよ」 |
など、尊きことども説き聞かせたまふ。「とみにせさすべくもあらず、皆言ひ知らせたまへることを、うれしくもしつるかな」と、これのみぞ仏は生けるしるしありてとおぼえたまひける。 |
などと、有り難いお言葉を説いて聞かせなさる。「すぐにも許していただけそうもなく、皆が言い利かせていらしたことを、嬉しいことに果たしたこと」と、このことだけを生きている甲斐があったように思われなさるのであった。 |