1. ゆく河
現代語訳 |
語彙 |
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ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖と、またかくのごとし。たましきの都のうちに棟を並べ、甍を争へる高き賤しき人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。或は去年焼けて、今年作れり。 |
川は涸れることなく、いつも流れている。そのくせ、水はもとの水ではない。よどみに浮かぶ水の泡も、あちらで消えると、こちらにできたりして、けっしていつまでもそのままではいない。世間の人とその住居を見ても、やはり、この調子だ。壮麗な京の町に競い建っている貴賤の住居は、永久になくならないもののようだけれども、ほんとにそうかと尋ねてみると、昔からある家というのは稀だ。去年焼けて今年建てたのもある。 |
ためし【例】…【名詞】前例。例。 すみか【住処・栖】…【名詞】(『か』は場所の意。)住まい。住居。
いらか 【甍】…【名詞】@(瓦(かわら)でふいた)屋根の峰の部分。上棟(うわむね)。また、そこの瓦。棟瓦。A瓦ぶきの屋根。また、その瓦。 よよ【世々】…【名詞】@多くの世代。長い年月。Aその時、その時。B別々に過ごす世。それぞれの世。特に、男女が別れて別々に送る世をいう。C過去・現在・未来のそれぞれの世。◇仏教語。 |
或は大家ほろびて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人がなかにわづかにひとりふたりなり。朝に死に夕に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人いづかたより来りて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、誰がためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主と栖と無常を争ふさま、いはばあさがほの露に異ならず。或は露落ちて、花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。或は花しぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、夕を待つ事なし。 |
あるいは、大きな家が没落して小さくなったのもある。住む人にしても、同じこと。所は同じ京、人も変わらず多勢だが、昔に見た人は、二、三十人のうち、わずか一人か二人になっている。朝死ぬ人があるかと思えば、夕方生まれる子がある定めは、まさに水泡とそっくりだ。私は知らぬ、生まれたり死んだりする人がどこからきて、どこへ消えてゆくのか。また、いったい、仮の宿であるこの世で、誰のためにあくせくし、どういう因縁で豪奢な生活に気をとられるのか。そうした人も、その建てた豪奢な邸宅も、先を争うようにして変わってゆくさまは、いってみれば、朝顔の露に同じだ。露が先に落ちて花が残る。残って咲いているうちに、日が高くなって枯れてしまう。花が先にしおれて露が消えずにいることもある。消えずにいるといっても、夕方までもつわけではない。 |
いにしへ【古へ・古】…【名詞】@遠い昔。▽経験したことのない遠い過去。A以前。▽経験したことのある近い過去。B昔の人。過去のこと。ここではAの意。 ならひ【慣らひ・習ひ】…【名詞】@慣れること。習慣。しきたり。ならわし。A(世間の)きまり。さだめ。世の常。B(昔からの大事な)言い伝え。由緒。
かりのやどり【仮の宿り】…【名詞】@一時的な住まい。旅先での宿り。Aはかない現世。 むじゃう 【無常】…【名詞】@すべてのものが絶えず生滅(しようめつ)・変化して、少しの間も同じ状態にとどまっていないこと。A死。▽人の世がはかないことから。
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※ゆく河…「もののふの八十宇治川の網代木(あじろぎ)にいさよふ波の行くへ知らずも」(万葉164 柿本人麻呂)と歌われた万葉のいにしえ、すでに宇治川はこの世の転変のすみやかさを嘆く心の象徴であった。その宇治川の近くに住む長明は、これに触発されてこの名高い書き出しを書いたのかもしれない。また「巻向(まきもく)の山辺響きて行く水の水泡(みなわ)のごとく世をばわが見る」(拾遺・哀傷 人麻呂)も想のうえの出典かもしれない。
1 うたかた…水の泡。『後撰集』恋「ふりやめば跡だに見えぬうたかたの消えてはかなき世かたのむかな」(読人しらず)。なぜ泡沫を「うたかた」というのかは不明。
2 かつ…二つの作用状態が並行して回時に存在することをあらわす語。たくさんの泡が同時に泡立ったり消えたりしているイメージらしい。したがってあとの「朝に死に夕に生るるならひ」も、死んでゆく人もあれば生まれてくる子もあるという、群としての人間の運命を述べたものと考える。
3 たましき…玉敷。玉を敷きつめたような。ここの「玉」はじつは美しい石を意味し、いわゆふ玉砂利であろう。
4 仮の宿り…はかないこの世において、しかもかりそめの住居。「仮の宿り」で無常なこの世の意味がある。
5 心を悩まし…あとの「宝を費し、心を悩ます事」を参照して考えると、家を建てる算段をするような、世事に神経をすりへらすことを言おうとしているらしい。
6 何によりてか目を喜ばしむる…『徒然草』三十八段「愚かなる人の目をよろこばしむる楽しみ、またあぢきなし」これを橘純一は。「豪奢生活の愚をいう」と注せられた(日本古典全書『徒然草』)。『方丈記』の場合も次に「その主と栖と無常を争ふさま」とくる点から見て、豪奢な邸宅を営むことを暗示していると思われる。「何によりてか」の「よりて」は手段ではなくて原因を問うているもの。「依りて」あるいは「縁りて」であろう。