総目次  方丈記目次   前へ 次へ  

2. 安元の大火

本文

現代語訳

語彙

ものの心を知れりしより、四十あまりの春秋を送れるあひだに、世の不思議を見る事ややたびたびになりぬ。 安元三年四月廿八日 かとよ、風烈しく吹きて、静かならざりし夜、戌の時ばかり、都の東南より火出で来て、西北に至る。はてには朱雀門 大極殿 大学寮 民部省などまで移りて、一夜のうちに塵灰となりに。火元は樋口富の小路とかや。舞人を宿せる仮屋より出で来たりけるとなん。

私が少年となって物事がわかりはじめてから四十年あまりの月日がたつうちに、世の中、こんな事も起きるものなのか、という、予想もしない事を見ることが度重なった。去る安元三年の四月二十八日だったか、風が強くて、すごい晩だった。八時ごろ、平安京の東南から火事になって、西北へ焼けていった。しまいには朱雀門・大極殿・大学寮・民部省などにまで火がついて、一晩で、灰になってしまった。火元は樋口富の小路だとか聞いた。舞を舞う人を泊めた仮屋から失火したのだという。

…《接続》活用語の連用形に付くが、カ変・サ変動詞には特殊な付き方をする。

⇒語法(3)〔過去〕(以前に)…た。

(1)未然形の「せ」未然形の「せ」は、接続助詞「ば」を伴って反実仮想の表現に限って用いられる。その「せば」は、「まし」の前提条件となっており、サ変動詞「す」の未然形とする説もある。⇒せば(2)文末連体形の「し」(中世以降の用法)鎌倉時代以降、係助詞「ぞ」などがなくても、連体形「し」で文を終止するものが見られる。(例)「『その人、ほどなく失(う)せにき』と聞き侍(はべ)りし」(『徒然草』)〈「その人は間もなく亡くなってしまった」と聞きました。〉(3)カ変・サ変動詞への接続カ変に付く場合 連体形「し」と已然形「しか」がカ変の未然形「こ」・連用形「き」に付く。終止形「き」はカ変には付かない。サ変に付く場合 連体形「し」と已然形「しか」がサ変の未然形「せ」に、終止形「き」がサ変の連用形「し」に付く。(4)過去の助動詞「けり」との違い

   

吹きまよふ風に、とかく移りゆくほどに、扇をひろげたるがごとく末広になりぬ。遠き家は煙にむせび、近きあたりはひたすら焔を、地に吹きつけたり。空には灰を吹き立てたれば、火の光に映じて、あまねく紅なる中に、風に堪へず、吹き切られたる焔飛ぶがごとくして、一二を越えつつ移りゆく。その中の人現し心あらむや。或は煙にむせびて倒れ伏し、或は焔にまぐれてたちまちに死ぬ。或は身ひとつからうじてのがるるも、資財を取り出づるに及ばず。七珍万宝さながら灰燼となりにき。その費いくそばくぞ。そのたび、公卿の家十六焼けたり。ましてその外数へ知るに及ばず。惣て都のうち三分が一に及べりとぞ。男女死ぬるもの数十人、馬牛のたぐひ辺際を知らず。

風の向きが変わるものだから、燃え移るうちに、扇をひろげたように広がった。遠くの家では煙にむせ、近くは吹きつける風に炎が地を這って、どうしようもなかった。その風が空に灰神楽を上げると、火の粉が赤く光って、夜空を染める中を、焼け落ちる家の板きれだろう、風に吹きちぎられて、火がついたままの物が、一町も二町も空を飛んでは、また、燃え移る。そういう中にいる人が、普通の気持で、気をたしかに持っていられようか。ある者は煙にむせて倒れてしまい、ある者は炎に目がくらんで、そのまま死んでしまう。命からがら逃げた者も、家財道具を持ち出す余裕はない。金銀珠玉の宝物も、そっくり灰にしてしまった。その被害はどんなに大きなものか、おそらく、はかりしれまい。公卿の家だけでも、そのときは、十六軒も焼けた。まして、そのほかの小さな家は数えきれはしない。全体で、平安京の三分の一に達する焼失家屋だという。男女数十人の焼死者。馬や牛などにいたっては、どうしたか、わからない。

 

 

 

 

 

 

 

はいかぐら【灰神楽】…【名詞】火鉢などの火の気のある灰の中に湯・水などをこぼしたとき,立ち上がる灰けむり。

えいず【映ず】…【自サ変】光や影が映って見える。照り映える。

あまねし【普し・遍し】…【形ク】残る所なく行き渡っている。

ちゃう【・丁】…【接尾語】@土地の面積の単位を表す。一町は十段(たん)で約1ヘクタール。A距離の単位を表す。1町は60間(けん)で約110メートル。ここではAの意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうじて【総じて・惣じて】…【副詞】@すべて。全部で。Aおおよそ。だいたい。一般に。ここではAの意。

 

 

 

 

   

人のいとなみ皆愚かなるなかに、さしも危ふき京中の家を作るとて、宝を費やし、心を悩ます事は、すぐれてあぢきなくぞ侍る。

人間の営みは、みんな愚かなことだが、こんなに危ない、京の街なかに家を建てるといって、財産を使い、神経をすりへらすとは、愚かなうちでもとくにつまらない話だと申したい。

 

 

 

あぢきなし…【形ク】@思うようにならない。Aつまらない。努力のかいがない。Bにがにがしい。道理に合わない。Cはかない。世が無常だ。ここではAの意。



TOP  総目次  方丈記目次  ページトップへ  前へ 次へ  

 

1 ものの心を知れりし…大人の考えていることがわかりだす年齢以後をいっているらしい。十代の後半期から。

2 世の不思議…「世」は現実の世界。「不思議」は人間の知恵で予測しがたい、思議すべからざること。不可思議の略。

3 …「去」は「いにし」と読ませるつもりか。

安元三年四月廿八日…「去安元三年…」以下『平家物語』巻一「内裏炎上」に同文または類似の箇所がある。この安元三(一一七七)年は、「鵜川軍」の結果として山門の大衆が神輿をかついで上京したのが四月十三日であり、この大火直前である。また直後の五月末に鹿ヶ谷の謀議が多田蔵人行綱の密告によって発覚している。

4 かとよ…地震の条も「同じころかとよ」と書き出され、「かとよ」は日付の有無にはよらぬらしい。必ずしも読者にたずねているのでも、念を押しているのでもなく、一人で勝手にきめているような口ぶりである。なお、四月二十八日は史実に合う。

5 戌の時…午後八時。ただし『平家物語』や『百錬抄』は「亥刻(ゐのこく)」。「亥」なら午後十時。

6 朱雀門…大内裏南中央、朱雀大路に面した門。今の二条城の西。

7 大極殿…大内裏の内。天皇の即位の式典や拝賀が行なわれた正殿。

8 大学寮…朱雀門外にある。式部省に属し、大学の教室でもあり教務の事務室でもあった。

9 民部省…大内裏の内。戸籍・租税などのことをつかさどった。

10 塵灰…一応「ちりはひ」と読んでおく。

11 樋口富の小路…「樋口」に東西に走っている小路で、五条大路の一つ南。「富の小略」は南北に走っている小路で、東京極大路の一つ西。その両者の交点が樋口富の小路。

12 現し心…平常普通の精神状熊。

13 まぐれて…「ま」は目。目がくらくらして。

14 七珍…「万宝」と合わせて四字の成語となっていて、多くの珍宝の意。七種の宝は、たとえば、金・銀・瑠璃・玻璃(はり)・硨磲(しゃこ)・赤珠(または珊瑚)・瑪瑙(めのう)。この数え方には異伝がある。

15 十六…『玉葉』では十四。『平家物語』は十六だが、これは『方丈記』によったものだろう。

16 数十人…佐賀本では「数千人」、『平家物語』は「数百人」。

17 辺際…「辺際」は、はて、かぎり。牛や馬は火が移るまでには解放されていて逃げたり盗まれたりしたのだろう。実際は死んだのではなく、持ち主の手に返らず、その被害が「辺際を知らず」なのであろう。

鹿ヶ谷の謀議…平安時代の安元3年(1177年)6月に京都で起こった、平家打倒の陰謀事件。京都、東山鹿ヶ谷(現在の京都市左京区)の静賢法印(信西の子)の山荘で謀議が行われたとされ、このように呼ばれる。近年では、この陰謀が平清盛によってでっち上げられたものだとする説など解釈に諸説あり、「鹿ヶ谷事件」と著す学者もいる。



 

TOP  総目次  方丈記目次  ページトップへ  前へ 次へ