63. あかつきに帰らん人は
  本文  現代語訳
  あかつきに帰らん人は、装束などいみじううるはしう、烏帽子の緒、元結、かためずともありなんとこそおぼゆれ。いみじくしどけなく、かたくなしく、直衣・狩衣などゆがめたりとも、誰か見知りてわらひそしりもせん。   夜明け方に帰ろうとする人は、服装など至極きちんとして烏帽子の紐や髪の元結を固く結ばなくてもよかろうと、本当に思われる。大層しまりがなく武骨に、直衣・狩衣などをゆがめて着ていたとしても、誰が見てそれとわかって、笑い軽蔑するだろうか。
  人はなほあかつきのありさまこそ、をかしうもあるべけれ。わりなくしぶしぶに起きがたげなるを、しひてそそのかし、「明けすぎぬ。あな、見ぐるし」などいはれて、うちなげくけしきも、げにあかず物憂くもあらんかしと見ゆ。指貫なども、ゐながら着もやらず、まづさしよりて、夜いひつることの名残、女の耳にいひ入れて、なにわざすともなきやうなれど、帯など結ふやうなり。格子おしあげ、妻戸ある所は、やがてもろともに率ていきて、晝のほどのおぼつかなからむことなども、いひ出でにすべり出でなんは、見おくられて名残もをかしかりなん。   人は、何と言っても夜明け方のあり様ほど趣深いこともあることよ。男がむやみに渋って起きづらい風にしているのを、無理にすすめて、「明るくなり過ぎました。ああ見苦しい。」などと言われて、男がふとため息をつく様子も、成程あきたりず大儀なのであろうよと見える。指貫なども、座ったままで着ようともせず、まず近づいて、夜に言ったことの名残を、女の耳にいい入れて、何をするともないようだけれども、帯などを結うようである。格子を押し上げ、両開きの戸のある所は、そのまま一緒に女を連れていって、離れて暮らす昼の間、どんなに待ち遠であろうなどと口にしながら、すべるように出ていったなら、女も自然見送る気になって名残惜しいものだろう。
   
  思ひ出所ありて、いときはやかに起きて、ひろめきたちて、指貫の腰ごそごそとかはは結ひなほし、うへのきぬも、狩衣、袖かいまくりて、よろとさし入れ、帯いとしたたかに結ひはてて、ついゐて、烏帽子の緒きとつよげに結ひ入れて、かいすうる音して、扇・畳紙など、よべ枕上におきしかど、おのづから引かれ散りにけるをもとむるに、くらければ、いかでかは見えん、いづらいづらとたたきわたし、見出でて、扇ふたふたとつかひ、懐紙さし入れて、「まかりなん」とばかりこそいふらめ。   思い出す所があるらしく大層はきはきと起きて、ばたばた騒ぎ立てて指貫の腰をごそごそと、結びなおし、上着も、狩衣、袖をまくり上げて、がさりと差し入れ、帯をたいそうしっかりと結び付けて、ひざまずいて、烏帽子の緒をぎゅっと強めに結び入れて、四つん這いになる音がして、扇や紙片を枕元に置いたけれども、いつの間にかあちこちに引かれ、散り散りになってしまっているのを探すのに、暗いので、どうして見えようか、どこだ、どこだとその辺を叩きまわり、やっと見つけて扇パタパタと使い、懐紙差し入れて、「やって来た」とだけ言うのであった。