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若 紫

第一章 紫上の物語 若紫の君登場、三月晦日から初夏四月までの物語

7.北山へ手紙を贈る

 

本文

現代語訳

 またの日、御文たてまつれたまへり。僧都にもほのめかしたまふべし。尼上には、

 翌日、お手紙を差し上げなさった。僧都にもそれとなくお書きになったのであろう。尼上には、

 「もて離れたりし御気色のつつましさに、思ひたまふるさまをも、えあらはし果てはべらずなりにしをなむ。かばかり聞こゆるにても、おしなべたらぬ志のほどを御覧じ知らば、いかにうれしう」

 「取り合って下さらなかったご様子に気がひけますので、思っておりますことをも、十分に申せずじまいになりましたことを。これほどに申し上げておりますことにつけても、並々ならぬ気持ちのほどを、お察しいただけたら、どんなに嬉しいことでしょうか」

 などあり。中に、小さく引き結びて、

 などと書いてある。中に、小さく結んで、

 「面影は身をも離れず山桜

   心の限りとめて来しかど

 「あなたの山桜のように美しい面影はわたしの身から離れません

   心のすべてをそちらに置いて来たのですが

 夜の間の風も、うしろめたくなむ」

 夜間に吹く風が、心配に思われまして」

 とあり。御手などはさるものにて、ただはかなうおし包みたまへるさまも、さだすぎたる御目どもには、目もあやにこのましう見ゆ。

 と書いてある。ご筆跡などはさすがに素晴らしくて、ほんの無造作にお包みになった様子も、年配の人々のお目には、眩しいほどに素晴らしく見える。

 「あな、かたはらいたや。いかが聞こえむ」と、思しわづらふ。

 「まあ、困ったこと。どのようにお返事申し上げましょう」と、お困りになる。

 「ゆくての御ことは、なほざりにも思ひたまへなされしを、ふりはへさせたまへるに、聞こえさせむかたなくなむ。まだ「難波津」をだに、はかばかしう続けはべらざめれば、かひなくなむ。さても、

 「行きがかりのお話は、ご冗談ごとと存じられましたが、わざわざお手紙を頂戴いたしましたのに、お返事の申し上げようがなくて。まだ「難波津」をさえ、ちゃんと書き続けませんようなので、お話になりません。それにしても、

  嵐吹く尾の上の桜散らぬ間を

  心とめけるほどのはかなさ

 いとどうしろめたう」

  激しい山風が吹いて散ってしまう峰の桜に

   その散る前にお気持ちを寄せられたように頼りなく思われます

  ますます気がかりでございまして」

とあり。僧都の御返りも同じさまなれば、口惜しくて、二、三日ありて、惟光をぞたてまつれたまふ。

 とある。僧都のお返事も同じようなので、残念に思って、二、三日たって、惟光を差し向けなさる。

 「少納言の乳母と言ふ人あべし。尋ねて、詳しう語らへ」などのたまひ知らす。「さも、かからぬ隈なき御心かな。さばかりいはけなげなりしけはひを」と、まほならねども、見しほどを思ひやるもをかし。

 「少納言の乳母という人がいるはずだ。その人を尋ねて、詳しく相談せよ」などとお言い含めなさる。「何とも、どのようなことにもご関心を寄せられる好き心だなあ。あれほど子供じみた様子であった様子なのに」と、はっきりとではないが、少女を見た時のことを思い出すとおかしい。

 わざと、かう御文あるを、僧都もかしこまり聞こえたまふ。少納言に消息して会ひたり。詳しく、思しのたまふさま、おほかたの御ありさまなど語る。言葉多かる人にて、つきづきしう言ひ続くれど、「いとわりなき御ほどを、いかに思すにか」と、ゆゆしうなむ、誰も誰も思しける。

 わざわざ、このようにお手紙があるので、僧都も恐縮の由申し上げなさる。少納言の乳母に申し入れて面会した。詳しく、お考えになっておっしゃったご様子や、日頃のご様子などを話す。多弁な人なので、もっともらしくいろいろ話し続けるが、「とても無理なお年なのに、どのようにお考えなのか」と、大変心配なことと、どなたもどなたもお思いになるのであった。

 御文にも、いとねむごろに書いたまひて、例の、中に、「かの御放ち書きなむ、なほ見たまへまほしき」とて、

 お手紙にも、とても心こめてお書きになって、例によって、その中に、「あの一字一字のお書きなのを、やはり拝見したいのです」とあって、

 「あさか山浅くも人を思はぬに

  など山の井のかけ離るらむ」

 「浅香山のように浅い気持ちで思っているのではないのに

 どうしてわたしからかけ離れていらっしゃるのでしょう」

 御返し、

 お返事、

 「汲み初めてくやしと聞きし山の井の

  浅きながらや影を見るべき」

 「うっかり薄情な人と契りを結んで後悔したと聞きました山の井のような

   浅いお心のままどうして孫娘を御覧に入れられましょう」

 惟光も同じことを聞こゆ。

 惟光も同じ意味のご報告を申し上げる。

 「このわづらひたまふことよろしくは、このごろ過ぐして、京の殿に渡りたまひてなむ、聞こえさすべき」とあるを、心もとなう思す。

 「このご病気が多少回復したら、しばらく過ごして、京のお邸にお帰りになってから、改めてお返事申し上げましょう」とあるのを、待ち遠しくお思いになる。



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