第四章 光る源氏の物語 雲林院参籠
5.
藤壺に挨拶
本文 |
現代語訳 |
「御前にさぶらひて、今まで、更かしはべりにける」 と、聞こえたまふ。 月のはなやかなるに、「昔、かうやうなる折は、御遊びせさせたまひて、今めかしうもてなさせたまひし」など、思し出づるに、同じ御垣の内ながら、変はれること多く悲し。 |
「御前に伺候して、今まで、夜を更かしてしまいました」 と、ご挨拶申し上げなさる。 月が明るく照っているので、「昔、このような時には、管弦の御遊をあそばされて、華やかにお扱いしてくださった」などと、お思い出しになると、同じ宮中ながらも、変わってしまったことが多く悲しい。 |
「九重に霧や隔つる雲の上の 月をはるかに思ひやるかな」 |
「宮中には霧が幾重にもかかっているのでしょうか 雲の上で見えない月をはるかにお思い申し上げますことよ」 |
と、命婦して、聞こえ伝へたまふ。ほどなければ、御けはひも、ほのかなれど、なつかしう聞こゆるに、つらさも忘られて、まづ涙ぞ落つる。 |
と、命婦を取り次ぎにして、申し上げさせなさる。それほど離れた距離ではないので、御様子も、かすかではあるが、慕わしく聞こえるので、辛い気持ちも自然と忘れられて、真っ先に涙がこぼれた。 |
「月影は見し世の秋に変はらぬを 隔つる霧のつらくもあるかな |
「月の光は昔の秋と変わりませんのに 隔てる霧のあるのがつらく思われるのです |
霞も人のとか、昔もはべりけることにや」 など聞こえたまふ。 |
霞も仲を隔てるとか、昔もあったことでございましょうか」 などと、申し上げなさる。 |
宮は、春宮を飽かず思ひきこえたまひて、よろづのことを聞こえさせたまへど、深うも思し入れたらぬを、いとうしろめたく思ひきこえたまふ。例は、いととく大殿籠もるを、「出でたまふまでは起きたらむ」と思すなるべし。恨めしげに思したれど、さすがに、え慕ひきこえたまはぬを、いとあはれと、見たてまつりたまふ。 |
宮は、春宮をいつまでも名残惜しくお思い申し上げなさって、あらゆる事柄をお話し申し上げなさるが、深くお考えにならないのを、ほんとうに不安にお思い申し上げなさる。いつもは、とても早くお寝みになるのを、「お帰りになるまでは起きていよう」とお考えなのであろう。残念そうにお思いでいたが、そうはいうものの、後をお慕い申し上げることのおできになれないのを、とてもいじらしいと、お思い申し上げなさる。 |