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賢木

第四章 光る源氏の物語 雲林院参籠

6. 初冬のころ、源氏朧月夜と和歌贈答

 

本文

現代語訳

 大将、頭の弁の誦じつることを思ふに、御心の鬼に、世の中わづらはしうおぼえたまひて、尚侍の君にも訪れきこえたまはで、久しうなりにけり。

  初時雨、いつしかとけしきだつに、いかが思しけむ、かれより、

 大将、頭の弁が朗誦したことを考えると、お気が咎めて、世の中が厄介に思われなさって、尚侍の君にもお便りを差し上げなさることもなく、長いことになってしまった。

  初時雨、早くもその気配を見せたころ、どうお思いになったのであろうか、向こうから、

 「木枯の吹くにつけつつ待ちし間に

  おぼつかなさのころも経にけり」

 「木枯が吹くたびごとに訪れを待っているうちに

   長い月日が経ってしまいました」

 と聞こえたまへり。折もあはれに、あながちに忍び書きたまへらむ御心ばへも、憎からねば、御使とどめさせて、唐の紙ども入れさせたまへる御厨子開けさせたまひて、なべてならぬを選り出でつつ、筆なども心ことにひきつくろひたまへるけしき、艶なるを、御前なる人びと、「誰ればかりならむ」とつきしろふ。

  「聞こえさせても、かひなきもの懲りにこそ、むげにくづほれにけれ。身のみもの憂きほどに、

 と差し上げなさった。時節柄しみじみとしたころであり、無理をしてこっそりお書きになったらしいお気持ちも、いじらしいので、お使いを留めさせて、唐の紙をお入れあそばしている御厨子を開けさせなさって、特別上等なのをあれこれ選び出しなさって、筆を念入りに整えて認めていらっしゃる様子、優美なので、御前の女房たちは、「どなたのであろう」と、互いにつっ突き合っている。

  「お便り差し上げても、何の役にも立たないのに懲りまして、すっかり気落ちしておりました。自分だけが情けなく思われていたところに、

  あひ見ずてしのぶるころの涙をも

  なべての空の時雨とや見る

  お逢いできずに恋い忍んで泣いている涙の雨までを

   ありふれた秋の時雨とお思いなのでしょうか

 心の通ふならば、いかに眺めの空ももの忘れしはべらむ」

  など、こまやかになりにけり。

  かうやうにおどろかしきこゆるたぐひ多かめれど、情けなからずうち返りごちたまひて、御心には深う染まざるべし。

 心が通じるならば、どんなに物思いに沈んでいる気持ちも、紛れることでしょう」

  などと、つい情のこもった手紙になってしまった。

  このようにお便りを差し上げる人々は多いようであるが、無愛想にならないようお返事をなさって、お気持ちには深くしみこまないのであろう。



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