第五章 藤壺の物語 法華八講主催と出家 
1.
十一月一日、故桐壷院の御国忌  
| 
       本文  | 
      
       現代語訳  | 
    
| 
        中宮は、院の御はてのことにうち続き、御八講のいそぎをさまざまに心づかひせさせたまひけり。   霜月の朔日ごろ、御国忌なるに、雪いたう降りたり。大将殿より宮に聞こえたまふ。  | 
      
        中宮は、故院の一周忌の御法事に引き続き、御八講の準備にいろいろとお心をお配りあそばすのであった。   霜月の上旬、御国忌の日に、雪がたいそう降った。大将殿から宮にお便り差し上げなさる。  | 
    
| 
        「別れにし今日は来れども見し人に    行き逢ふほどをいつと頼まむ」  | 
      
       「故院にお別れ申した日がめぐって来ましたが、雪はふっても  その人にまた行きめぐり逢える時はいつと期待できようか」  | 
    
| 
        いづこにも、今日はもの悲しう思さるるほどにて、御返りあり。  | 
      
        どちらも、今日は物悲しく思わずにいらっしゃれない日なので、お返事がある。  | 
    
| 
        「ながらふるほどは憂けれど行きめぐり    今日はその世に逢ふ心地して」  | 
      
        「生きながらえておりますのは辛く嫌なことですが    一周忌の今日は、故院の在世中のような思いがいたしまして」  | 
    
| 
        ことにつくろひてもあらぬ御書きざまなれど、あてに気高きは思ひなしなるべし。筋変はり今めかしうはあらねど、人にはことに書かせたまへり。今日は、この御ことも思ひ消ちて、あはれなる雪の雫に濡れ濡れ行ひたまふ。  | 
      
        格別に念を入れたのでもないお書きぶりだが、上品で気高いのは思い入れであろう。書風が独特で当世風というのではないが、他の人には優れてお書きあそばしている。今日は、宮へのご執心も抑えて、しみじみと雪の雫に濡れながら御追善の法事をなさる。  |