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賢木

第五章 藤壺の物語 法華八講主催と出家

3. 後に残された源氏

 

本文

現代語訳

 殿にても、わが御方に一人うち臥したまひて、御目もあはず、世の中厭はしう思さるるにも、春宮の御ことのみぞ心苦しき。

  「母宮をだに朝廷がたざまにと、思しおきしを、世の憂さに堪へず、かくなりたまひにたれば、もとの御位にてもえおはせじ。我さへ見たてまつり捨てては」など、思し明かすこと限りなし。

 お邸でも、ご自分のお部屋でただ独りお臥せりになって、お眠りになることもできず、世の中が厭わしく思われなさるにつけても、春宮の御身の上のことばかりが気がかりである。

  「せめて母宮だけでも表向きの御後見役にと、お考えおいておられたのに、世の中の嫌なことに堪え切れず、このようにおなりになってしまったので、もとの地位のままでいらっしゃることもおできになれまい。自分までがご後見申し上げなくなってしまったら」などと、お考え続けなさり、夜を明かすこと、一再でない。

 

 「今は、かかるかたざまの御調度どもをこそは」と思せば、年の内にと、急がせたまふ。命婦の君も御供になりにければ、それも心深うとぶらひたまふ。詳しう言ひ続けむに、ことことしきさまなれば、漏らしてけるなめり。さるは、かうやうの折こそ、をかしき歌など出で来るやうもあれ、さうざうしや。

  参りたまふも、今はつつましさ薄らぎて、御みづから聞こえたまふ折もありけり。思ひしめてしことは、さらに御心に離れねど、まして、あるまじきことなりかし。

 「今となっては、こうした方面の御調度類などを、さっそくに」とお思いになると、年内にと考えて、お急がせなさる。命婦の君もお供して出家してしまったので、その人にも懇ろにお見舞いなさる。詳しく語ることも、仰々しいことになるので、省略したもののようである。実のところ、このような折にこそ、趣の深い歌なども出てくるものだが、物足りないことよ。

  参上なさっても、今は遠慮も薄らいで、御自身でお話を申し上げなさる時もあるのであった。ご執心であったことは、全然お心からなくなってはないが、言うまでもなく、あってはならないことである。



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