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賢木

第六章 光る源氏の物語 寂寥の日々

1. 諒闇明けの新年を迎える

 

本文

現代語訳

 年も変はりぬれば、内裏わたりはなやかに、内宴、踏歌など聞きたまふも、もののみあはれにて、御行なひしめやかにしたまひつつ、後の世のことをのみ思すに、頼もしく、むつかしかりしこと、離れて思ほさる。常の御念誦堂をば、さるものにて、ことに建てられたる御堂の、西の対の南にあたりて、すこし離れたるに渡らせたまひて、とりわきたる御行なひせさせたまふ。

 年も改まったので、宮中辺りは賑やかになり、内宴、踏歌などとお聞きになっても、何となくしみじみとした気持ちばかりせられて、御勤行をひっそりとなさりながら、来世のことばかりをお考えになると、末頼もしく、厄介に思われたこと、遠い昔の事に思われる。いつもの御念誦堂は、それはそれとして、特別に建立された御堂の、西の対の南に当たって、少し離れた所にお渡りあそばして、格別に心をこめた御勤行をあそばす。

 

 大将、参りたまへり。改まるしるしもなく、宮の内のどかに、人目まれにて、宮司どもの親しきばかり、うちうなだれて、見なしにやあらむ、屈しいたげに思へり。

  白馬ばかりぞ、なほ牽き変へぬものにて、女房などの見ける。所狭う参り集ひたまひし上達部など、道を避きつつひき過ぎて、向かひの大殿に集ひたまふを、かかるべきことなれど、あはれに思さるるに、千人にも変へつべき御さまにて、深うたづね参りたまへるを見るに、あいなく涙ぐまる。

 大将、参賀に上がった。新年らしく感じられるものもなく、宮邸の中はのんびりとして、人目も少なく、中宮職の者で親しい者だけ、ちょっとうなだれて、思いなしであろうか、思い沈んだふうに見える。

  白馬の節会だけは、やはり昔に変わらないものとして、女房などが見物した。所狭しと参賀に参集なさった上達部など、道を避け避けして通り過ぎて、向かいの大殿に参集なさるのを、こういうものであるが、しみじみと感じられるところに、一人当千といってもよいご様子で、志深く年賀に参上なさったのを見ると、無性に涙がこぼれる。

 

 客人も、いとものあはれなるけしきに、うち見まはしたまひて、とみに物ものたまはず。さま変はれる御住まひに、御簾の端、御几帳も青鈍にて、隙々よりほの見えたる薄鈍、梔子の袖口など、なかなかなまめかしう、奥ゆかしう思ひやられたまふ。「解けわたる池の薄氷、岸の柳のけしきばかりは、時を忘れぬ」など、さまざま眺められたまひて、「むべも心ある」と、忍びやかにうち誦じたまへる、またなうなまめかし。

 客人も、たいそうしみじみとした様子に、見回しなさって、直ぐにはお言葉も出ない。様変わりしたお暮らしぶりで、御簾の端、御几帳も青鈍色になって、隙間隙間から微かに見えている薄鈍色、くちなし色の袖口など、かえって優美で、奥ゆかしく想像されなさる。「一面に解けかかっている池の薄氷、岸の柳の芽ぶきは、時節を忘れていない」などと、あれこれと感慨を催されて、「なるほど情趣を解する」と、ひっそりと朗唱なさっている、またとなく優美である。

 

 「ながめかる海人のすみかと見るからに

   まづしほたるる松が浦島」

 「物思いに沈んでいらっしゃるお住まいかと存じますと

   何より先に涙に暮れてしまいます」

 

 と聞こえたまへば、奥深うもあらず、みな仏に譲りきこえたまへる御座所なれば、すこしけ近き心地して、

 と申し上げなさると、奥深い所でもなく、すべて仏にお譲り申していらっしゃる御座所なので、ちょっと身近な心地がして、

 

 「ありし世のなごりだになき浦島に

   立ち寄る波のめづらしきかな」

 「昔の俤さえないこのような所に

   立ち寄ってくださるとは珍しいですね」

 

 とのたまふも、ほの聞こゆれば、忍ぶれど、涙ほろほろとこぼれたまひぬ。世を思ひ澄ましたる尼君たちの見るらむも、はしたなければ、言少なにて出でたまひぬ。

  「さも、たぐひなくねびまさりたまふかな」

  「心もとなきところなく世に栄え、時にあひたまひし時は、さる一つものにて、何につけてか世を思し知らむと、推し量られたまひしを」

  「今はいといたう思ししづめて、はかなきことにつけても、ものあはれなるけしきさへ添はせたまへるは、あいなう心苦しうもあるかな」

  など、老いしらへる人びと、うち泣きつつ、めできこゆ。宮も思し出づること多かり。

 とおっしゃるのが、微かに聞こえるので、堪えていたが、涙がほろほろとおこぼれになった。 世の中を悟り澄ましている尼君たちが見ているだろうのも、体裁が悪いので、言葉少なにしてお帰りになった。

  「なんと、またとないくらい立派にお成りですこと」

  「何の不足もなく世に栄え、時流に乗っていらっしゃった時は、そうした人にありがちのことで、どのようなことで人の世の機微をお知りになるだろうか、と思われておりましたが」

 「今はたいそう思慮深く落ち着いていられて、ちょっとした事につけても、しんみりとした感じまでお加わりになったのは、どうにも気の毒でなりませんね」

  などと、年老いた女房たち、涙を流しながら、お褒め申し上げる。宮も、お思い出しになる事が多かった。



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