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須磨

第一章 光る源氏の物語 逝く春と離別の物語

6. 藤壺に離京の挨拶

 

本文

現代語訳

 明日とて、暮には、院の御墓拝みたてまつりたまふとて、北山へ詣でたまふ。暁かけて月出づるころなれば、まづ、入道の宮に参うでたまふ。近き御簾の前に御座参りて、御みづから聞こえさせたまふ。春宮の御事をいみじううしろめたきものに思ひきこえたまふ。

 明日という日、夕暮には、院のお墓にお参りなさろうとして、北山へ参拝なさる。明け方近くに月の出るころなので、最初、入道の宮にお伺いさる。近くの御簾の前にご座所をお設けになって、ご自身でご応対あそばす。東宮のお身の上をたいそうご心配申し上げなさる。

 かたみに心深きどちの御物語は、よろづあはれまさりけむかし。なつかしうめでたき御けはひの昔に変はらぬに、つらかりし御心ばへも、かすめきこえさせまほしけれど、今さらにうたてと思さるべし、わが御心にも、なかなか今ひときは乱れまさりぬべければ、念じ返して、ただ、

  「かく思ひかけぬ罪に当たりはべるも、思うたまへあはすることの一節になむ、空も恐ろしうはべる。惜しげなき身はなきになしても、宮の御世にだに、ことなくおはしまさば」

  とのみ聞こえたまふぞ、ことわりなるや。

 お互いに感慨深くお感じになっている者同士のお話は、何事もしみじみと胸に迫るものがさぞ多かったことであろう。慕わしく素晴らしいご様子が変わらないので、恨めしかったお気持ちも、それとなく申し上げたいが、いまさら嫌なこととお思いになろうし、自分自身でも、かえって一段と心が乱れるであろうから、思い直して、ただ、

  「このように思いもかけない罪に問われますにつけても、思い当たるただ一つのことのために、天の咎めも恐ろしゅうございます。惜しくもないわが身はどうなろうとも、せめて東宮の御世だけでも、ご安泰でいらっしゃれば」

  とだけ申し上げなさるのも、もっともなことである。

 宮も、みな思し知らるることにしあれば、御心のみ動きて、聞こえやりたまはず。大将、よろづのことかき集め思し続けて、泣きたまへるけしき、いと尽きせずなまめきたり。

  「御山に参りはべるを、御ことつてや」

  と聞こえたまふに、とみにものも聞こえたまはず、わりなくためらひたまふ御けしきなり。

 宮も、すっかりご存知のことであるので、お心がどきどきするばかりで、お返事申し上げられない。大将、あれからこれへとお思い続けられて、お泣きになる様子、とても言いようのないほど優艷である。

  「山陵に詣でますが、お言伝は」

  と申し上げなさるが、すぐにはお返事なさらず、ひたすらお気持ちを鎮めようとなさるご様子である。

 「見しはなくあるは悲しき世の果てを

   背きしかひもなくなくぞ経る」

 「院は亡くなられ生きておいでの方は悲しいお身の上の世の末を

   出家した甲斐もなく泣きの涙で暮らしています」

 いみじき御心惑ひどもに、思し集むることどもも、えぞ続けさせたまはぬ。

 ひどくお悲しみの二方なので、お思いになっていることがらも、十分にお詠みあそばされない。

 「別れしに悲しきことは尽きにしを

   またぞこの世の憂さはまされる」

 「故院にお別れした折に悲しい思いを尽くしたと思ったはずなのに

   またもこの世のさらに辛いことに遭います」



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