第五章 光る源氏の物語 帰京と政界復帰の物語
2.
源氏、参内
本文 |
現代語訳 |
召しありて、内裏に参りたまふ。御前にさぶらひたまふに、ねびまさりて、「いかで、さるものむつかしき住まひに年経たまひつらむ」と見たてまつる。女房などの、院の御時さぶらひて、老いしらへるどもは、悲しくて、今さらに泣き騒ぎめできこゆ。 |
お召しがあって、参内なさる。御前に伺候していられると、いよいよ立派になられて、「どうしてあのような辺鄙な土地で、長年お暮らしになったのだろう」と拝見する。女房などの中で、故院の御在世中にお仕えして、年老いた連中は、悲しくて、今さらのように泣き騒いでお褒め申し上げる。 |
主上も、恥づかしうさへ思し召されて、御よそひなどことに引きつくろひて出でおはします。御心地、例ならで、日ごろ経させたまひければ、いたう衰へさせたまへるを、昨日今日ぞ、すこしよろしう思されける。御物語しめやかにありて、夜に入りぬ。 |
主上も、恥ずかしくまで思し召されて、御装束なども格別におつくろいになってお出ましになる。お加減が、すぐれない状態で、ここ数日おいであそばしたので、ひどくお弱りあそばしていらっしゃったが、昨日今日は、少しよろしくお感じになるのであった。お話をしみじみとなさって、夜に入った。 |
十五夜の月おもしろう静かなるに、昔のこと、かき尽くし思し出でられて、しほたれさせたまふ。もの心細く思さるるなるべし。 「遊びなどもせず、昔聞きし物の音なども聞かで、久しうなりにけるかな」 とのたまはするに、 |
十五夜の月が美しく静かなので、昔のことを、一つ一つ自然とお思い出しになられて、お泣きあそばす。何となく心細くお思いあそばさずにはいられないのであろう。 「管弦の催しなどもせず、昔聞いた楽の音なども聞かないで、久しくなってしまったな」 と仰せになるので、 |
「わたつ海にしなえうらぶれ蛭の児の 脚立たざりし年は経にけり」 |
「海浜でうちしおれて落ちぶれながら蛭子のように 立つこともできず三年を過ごして来ました」 |
と聞こえたまへり。いとあはれに心恥づかしう思されて、 |
とお応え申し上げなさった。とても胸をうち心恥しく思わずにはいらっしゃれないで、 |
「宮柱めぐりあひける時しあれば 別れし春の恨み残すな」 |
「こうしてめぐり会える時があったのだから あの別れた春の恨みはもう忘れてください」 |
いとなまめかしき御ありさまなり。 |
実に優美な御様子である。 |
院の御ために、八講行はるべきこと、まづ急がせたまふ。春宮を見たてまつりたまふに、こよなくおよすげさせたまひて、めづらしう思しよろこびたるを、限りなくあはれと見たてまつりたまふ。御才もこよなくまさらせたまひて、世をたもたせたまはむに、憚りあるまじく、かしこく見えさせたまふ。 入道の宮にも、御心すこし静めて、御対面のほどにも、あはれなることどもあらむかし。 |
故院の御追善供養のために、法華御八講を催しなさることを、何より先にご準備させなさる。東宮にお目にかかりなさると、すっかりと御成人あそばして、珍しくお喜びになっているのを、感慨無量のお気持ちで拝しなさる。御学問もこの上なくご上達になって、天下をお治めあそばすにも、何の心配もいらないように、ご立派にお見えあそばす。 入道の宮にも、お心が少し落ち着いて、ご対面の折には、しみじみとしたお話がきっとあったであろう。 |