第五章 光る源氏の物語 帰京と政界復帰の物語
3.
明石の君への手紙、他
本文 |
現代語訳 |
まことや、かの明石には、返る波に御文遣はす。ひき隠してこまやかに書きたまふめり。 |
そうそう、あの明石には、送って来た者たちの帰りにことづけて、お手紙をお遣はしになる。人目に立たないようにして情愛こまやかにお書きになるようである。 |
「波のよるよるいかに、 嘆きつつ明石の浦に朝霧の 立つやと人を思ひやるかな」 |
「波の寄せる夜々は、どのように、 お嘆きになりながら暮らしていらっしゃる明石の浦に 嘆きの息が朝霧となって立ちこめているのではないかと想像しています」 |
かの帥の娘五節、あいなく、人知れぬもの思ひさめぬる心地して、まくなぎつくらせてさし置かせけり。 |
あの大宰帥の娘の五節は、どうにもならないことだが、人知れずご好意をお寄せ申していたのもさめてしまった感じがして、目くばせさせて置いて行かせたのであった。 |
「須磨の浦に心を寄せし舟人の やがて朽たせる袖を見せばや」 |
「須磨の浦で好意をお寄せ申した舟人が そのまま涙で朽ちさせてしまった袖をお見せ申しとうございます」 |
「手などこよなくまさりにけり」と、見おほせたまひて、遣はす。 |
「筆跡などもたいそう上手になったな」と、お見抜きになって、お遣わしになる。 |
「帰りてはかことやせまし寄せたりし 名残に袖の干がたかりしを」 |
「かえってこちらこそ愚痴を言いたいくらいです、ご好意を寄せていただいて それ以来涙に濡れて袖が乾かないものですから」 |
「飽かずをかし」と思しし名残なれば、おどろかされたまひて、いとど思し出づれど、このごろは、さやうの御振る舞ひ、さらにつつみたまふめり。 花散里などにも、ただ御消息などばかりにて、おぼつかなく、なかなか恨めしげなり。 |
「いかにもかわいい」とお思いになった昔の思い出もあるので、はっとびっくりさせられなさって、ますますいとしくお思い出しになるが、最近は、そのようなお忍び歩きはまったく慎んでいらっしゃるようである。 花散里などにも、ただお手紙などばかりなので、心もとなく思われて、かえって恨めしい様子である。 |