第二章 明石の物語 明石の姫君誕生
6.
紫の君、嫉妬を覚える
本文 |
現代語訳 |
うち返し見たまひつつ、「あはれ」と、長やかにひとりごちたまふを、女君、しり目に見おこせて、 「浦よりをちに漕ぐ舟の」 と、忍びやかにひとりごち、眺めたまふを、 「まことは、かくまでとりなしたまふよ。こは、ただ、かばかりのあはれぞや。所のさまなど、うち思ひやる時々、来し方のこと忘れがたき独り言を、ようこそ聞き過ぐいたまはね」 など、恨みきこえたまひて、上包ばかりを見せたてまつらせたまふ。筆などのいとゆゑづきて、やむごとなき人苦しげなるを、「かかればなめり」と、思す。 |
何度も御覧になりながら、「ああ」と、長く嘆息して独り言をおっしゃるのを、女君は、横目で御覧やりになって、 「浦から遠方に漕ぎ出す舟のように」 と、ひっそりと独り言を言って、物思いに沈んでいらっしゃるのを、 「ほんとうに、こんなにまで邪推なさるのですね。これは、ただ、これだけの愛情ですよ。土地の様子など、ふと想像する時々に、昔のことが忘れられないで漏らす独り言を、よくお聞き過しなさらないのですね」 などと、お恨み申されて、上包みだけをお見せ申し上げになさる。筆跡などがとても立派で、高貴な方も引け目を感じそうなので、「これだからであろう」と、お思いになる。 |