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蓬生

第二章 末摘花の物語 光る源氏帰京後

3. 叔母、末摘花を誘う

 

本文

現代語訳

 例はさしもむつびぬを、誘ひ立てむの心にて、たてまつるべき御装束など調じて、よき車に乗りて、面もち、けしき、ほこりかにもの思ひなげなるさまして、ゆくりもなく走り来て、門開けさするより、人悪ろく寂しきこと、限りもなし。左右の戸もみなよろぼひ倒れにければ、男ども助けてとかく開け騒ぐ。いづれか、この寂しき宿にもかならず分けたる跡あなる三つの径と、たどる。

 いつもはそんなに親しくしないのに、お誘い申そうとの考えで、お召しになるご装束など準備して、よい車に乗って、顔つき、態度も、得意に物思いのない様子で、予告もなくやって来て、門を開けさせるや、見苦しく寂しい様子、この上もない。左右の戸もみな傾き倒れてしまっていたので、男どもが手助けして、あれこれと大騷ぎして開ける。どれがそれか、この寂しい宿にも必ず踏み分けた跡があるという三つの道はと、探し当てて行く。

 わづかに南面の格子上げたる間に寄せたれば、いとどはしたなしと思したれど、あさましう煤けたる几帳さし出でて、侍従出で来たり。容貌など、衰へにけり。年ごろいたうつひえたれど、なほものきよげによしあるさまして、かたじけなくとも、取り変へつべく見ゆ。

 かろうじて南面の格子を上げている一間に車を寄せたので、ますますどうしてよいか分からなくお思いになったが、あきれるくらい煤けた几帳を差し出して、侍従が出て来た。容貌など、衰えてしまっていた。長年のうちにひどくやせ細っているが、やはりどことなく品のある感じで、恐れ多いことであるが、姫君と取り替えたいくらいに見える。

 「出で立ちなむことを思ひながら、心苦しきありさまの見捨てたてまつりがたきを。侍従の迎へになむ参り来たる。心憂く思し隔てて、御みづからこそあからさまにも渡らせたまはね、この人をだに許させたまへとてなむ。などかうあはれげなるさまには」

 「旅立とうと思いながらも、お気の毒な様子がお見捨て申し上げにくくて。侍従の迎えに参上しました。お嫌いになりよそよそしくして、ご自身ではちょっとでもお越しあそばされませんが、せめてこの人だけはお許しいただきたく思いまして。どうしてこのような寂しいさまで」

 とて、うちも泣くべきぞかし。されど、行く道に心をやりて、いと心地よげなり。

 と言って、つい泣き出してしまうはずのところだ。けれども旅先に思いを馳せて、とても気分よさそうである。

 「故宮おはせしとき、おのれをば面伏せなりと思し捨てたりしかば、疎々しきやうになりそめにしかど、年ごろも、何かは。やむごとなきさまに思しあがり、大将殿などおはしまし通ふ御宿世のほどを、かたじけなく思ひたまへられしかばなむ、むつびきこえさせむも、憚ること多くて、過ぐしはべるを、世の中のかく定めもなかりければ、数ならぬ身は、なかなか心やすくはべるものなりけり。及びなく見たてまつりし御ありさまの、いと悲しく心苦しきを、近きほどはおこたる折も、のどかに頼もしくなむはべりけるを、かく遥かにまかりなむとすれば、うしろめたくあはれになむおぼえたまふ」

 「故宮がご存命でいらした時、わたしを不名誉な者とお思い捨てになっていらしたので、疎遠なようになってしまいましたが、今までにも、どうしてそう思ったでしょうか。高貴なお身の上に気位い高くお持ちになり、大将殿などがお通いになるご運勢のほどを、もったいなくも存ぜずにはいられませんでしたので、親しく交際させていただきますのも、遠慮いたすことが多くて、ご無沙汰いたしておりましたが、世の中がこのように定めないものなので、人数にも入らない身の上は、かえって気安いものでございました。及びもつかなく拝見いたしましたご様子が、実に悲しく気の毒なのを、近くにいますうちは御無沙汰いたしていた折も、そのうちにと呑気に思っておりましたが、このように遥か遠くに下ってしまうことになると、気がかりで悲しく存じられます」

 など語らへど、心解けても応へたまはず。

 などと話を持ち掛けるが、心を許してお返事もなさらない。

 「いとうれしきことなれど、世に似ぬさまにて、何かは。かうながらこそ朽ちも失せめとなむ思ひはべる」

  とのみのたまへば、

 「とても嬉しいことですが、世間離れしたわたしなどには、どうして一緒に行けましょうか。こうしたまま朽ち果てようと存じております」

  とだけおっしゃるので、

 「げに、しかなむ思さるべけれど、生ける身を捨て、かくむくつけき住まひするたぐひははべらずやあらむ。大将殿の造り磨きたまはむにこそは、引きかへ玉の台にもなりかへらめとは、頼もしうははべれど、ただ今は、式部卿宮の御女よりほかに、心分けたまふ方もなかなり。昔より好き好きしき御心にて、なほざりに通ひたまひける所々、皆思し離れにたなり。まして、かうものはかなきさまにて、薮原に過ぐしたまへる人をば、心きよく我を頼みたまへるありさまと尋ねきこえたまふこと、いとかたくなむあるべき」

 「なるほど、そのようにお思いになるのもごもっともですが、せっかく生きている身をだいなしにして、このように気味の悪い所に暮らしている例はございませんでしょう。大将殿がお手入れしてくだされば、うって変わって元の美しい御殿にもなり変わろうと、頼もしうございますが、ただ今のところは、式部卿宮の姫君より他には、心をお分けになる方もないということです。昔から浮気なお心で、かりそめにお通いになった人々は、みなすっかりお心が離れておしまいになったということです。ましてや、このようにみすぼらしい様子で、薮原にお過ごしになっていらっしゃる人を、貞淑に自分を頼っていらっしゃる様子だと、お訪ね申されることは、とても難しいことです」

 など言ひ知らするを、げにと思すも、いと悲しくて、つくづくと泣きたまふ。

 などと説得するが、本当にそのとおりだとお思いになるのも、実に悲しくて、しみじみとお泣きになる。


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