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絵合

第二章 後宮の物語 中宮の御前の物語絵合せ

5. 「伊勢物語」対「正三位」

 

本文

現代語訳

 次に、『伊勢物語』に『正三位』を合はせて、また定めやらず。これも、右はおもしろくにぎははしく、内裏わたりよりうちはじめ、近き世のありさまを描きたるは、をかしう見所まさる。

  平内侍、

 次に、『伊勢物語』と『正三位』を番わせて、また結論がでない。これも、右方は興味深く華やかで、宮中あたりをはじめとして、近頃の様子を描いたのは、興趣深く見応えがする。

  平典侍は、

 「伊勢の海の深き心をたどらずて

   ふりにし跡と波や消つべき

 「『伊勢物語』の深い心を訪ねないで

   単に古い物語だからといって価値まで落としめてよいものでしょうか

 世の常のあだことのひきつくろひ飾れるに圧されて、業平が名をや朽たすべき」

 世間普通の色恋事のおもしろおかしく書いてあることに気押されて、業平の名を汚してよいものでしょうか」

 と、争ひかねたり。右の典侍、

 と、反論しかねている。右方の大弍の典侍は、

 「雲の上に思ひのぼれる心には

   千尋の底もはるかにぞ見る」

 「雲居の宮中に上った『正三位』の心から見ますと

  『伊勢物語』の千尋の心も遥か下の方に見えます」

 「兵衛の大君の心高さは、げに捨てがたけれど、在五中将の名をば、え朽たさじ」

 「兵衛の大君の心高さは、なるほど捨てがたいものですが、在五中将の名は、汚すことはできますまい」

 とのたまはせて、宮、

 と仰せになって、中宮は、

 「みるめこそうらふりぬらめ年経にし

   伊勢をの海人の名をや沈めむ」

 「ちょっと見た目には古くさく見えましょうが

名高い『伊勢物語』の名を落とすことができましょうか」

 かやうの女言にて、乱りがはしく争ふに、一巻に言の葉を尽くして、えも言ひやらず。ただ、あさはかなる若人どもは、死にかへりゆかしがれど、主上のも、宮のも片端をだにえ見ず、いといたう秘めさせたまふ。

 このような女たちの論議で、とりとめもなく優劣を争うので、一巻の判定に数多くの言葉を尽くしても容易に決着がつかない。ただ、思慮の浅い若い女房たちは、死ぬほど興味深く思っているが、主上づきの女房も、中宮づきの女房も、その一部分さえ見ることができないほど、たいそう隠していらっしゃった。



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