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絵合

第三章 後宮の物語 帝の御前の絵合せ

1. 帝の御前の絵合せの企画

 

本文

現代語訳

 大臣参りたまひて、かくとりどりに争ひ騒ぐ心ばへども、をかしく思して、

 内大臣が参上なさって、このようにそれぞれが優劣を競い合っている気持ちを、おもしろくお思いになって、

 「同じくは、御前にて、この勝負定めむ」

 「同じことなら、主上の御前において、この優劣の決着をつけましょう」

 と、のたまひなりぬ。かかることもやと、かねて思しければ、中にもことなるは選りとどめたまへるに、かの「須磨」「明石」の二巻は、思すところありて、取り交ぜさせたまへり。

 と、おっしゃるまでになった。このようなこともあろうかと、以前からお思いになっていたので、その中でも特別なのは選び残していらっしゃったが、あの「須磨」「明石」の二巻は、お考えになるところがあって、お加えになったのであった。

 中納言も、その御心劣らず。このころの世には、ただかくおもしろき紙絵をととのふることを、天の下いとなみたり。

 権中納言も、そのお気持ちは負けていない。最近の世では、ただこのような美しい紙絵を揃えること、世の中の流行になっていた。

 「今あらため描かむことは、本意なきことなり。ただありけむ限りをこそ」

 「今新たに描くことは、つまらないことだ。ただ持っているものだけで」

 とのたまへど、中納言は人にも見せで、わりなき窓を開けて、描かせたまひけるを、院にも、かかること聞かせたまひて、梅壺に御絵どもたてまつらせたまへり。

 とおっしゃったが、権中納言は他人にも見せないで、秘密の部屋を準備して、お描かせになったが、院におかれても、このような騷ぎがあるとお耳にあそばして、梅壷に幾つかの御絵を差し上げなさった。

 年の内の節会どものおもしろく興あるを、昔の上手どものとりどりに描けるに、延喜の御手づから事の心書かせたまへるに、またわが御世の事も描かせたまへる巻に、かの斎宮の下りたまひし日の大極殿の儀式、御心にしみて思しければ、描くべきやう詳しく仰せられて、公茂が仕うまつれるが、いといみじきをたてまつらせたまへり。

 一年の内の数々の節会のおもしろく興趣ある様を、昔の名人たちがそれぞれに描いた絵に、延喜の帝がお手ずからその趣旨をお書きあそばしたものや、また御自身の御世のこともお描かせになった巻に、あの斎宮がお下りになった日の、大極殿での儀式を、お心に刻みこまれてあったので、描くべきさまを詳しく仰せになって、巨勢公茂がお描き申したのが、たいそう素晴らしいのを差し上げなさった。

 艶に透きたる沈の箱に、同じき心葉のさまなど、いと今めかし。御消息はただ言葉にて、院の殿上にさぶらふ左近中将を御使にてあり。かの大極殿の御輿寄せたる所の、神々しきに、

 優美に透かし彫りのある沈の箱に、同じ趣旨の心葉のさまなど、実に現代的である。お便りはただ口上だけで、院の殿上に伺候する左近中将をご使者としてあった。あの大極殿の御輿を寄せた場面の、神々しい絵に、

 「身こそかくしめの外なれそのかみの

   心のうちを忘れしもせず」

 「わが身はこのように内裏の外におりますが

   あの当時の気持ちは今でも忘れずにおります」

 とのみあり。聞こえたまはざらむも、いとかたじけなければ、苦しう思しながら、昔の御簪の端をいささか折りて、

 とだけある。お返事申し上げなさらないのも、たいそう恐れ多いので、辛くお思いになりながら、昔のお簪の端を少しだけ折って、

 「しめのうちは昔にあらぬ心地して

   神代のことも今ぞ恋しき」

 「内裏の中は昔とすっかり変わってしまった気がして

   神にお仕えしていた昔のことが今は恋しく思われます」

 とて、縹の唐の紙に包みて参らせたまふ。御使の禄など、いとなまめかし。

 とお書きになって、縹の唐の紙に包んで差し上げなさる。ご使者への禄などは、たいそう優美である。

 院の帝御覧ずるに、限りなくあはれと思すにぞ、ありし世を取り返さまほしく思ほしける。大臣をもつらしと思ひきこえさせたまひけむかし。過ぎにし方の御報いにやありけむ。

 院の帝が御覧になって、限りなくお心がお動きになるにつけ、御在位中のころを取り戻したく思し召すのであった。内大臣をひどいとお思い申しあそばしたことであろう。過去の御報いでもあったのであろうか。

 院の御絵は、后の宮より伝はりて、あの女御の御方にも多く参るべし。尚侍の君も、かやうの御好ましさは人にすぐれて、をかしきさまにとりなしつつ集めたまふ。

 院の御絵は、大后の宮から伝わって、あの弘徽殿の女御のお方にも多く集まっているのであろう。尚侍の君も、このようなご趣味は人一倍優れていて、興趣深い絵を描かせては集めていらっしゃる。



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