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松風

第一章 明石の物語 上洛と老夫婦の別れの秋

7. 明石一行の上洛

 

本文

現代語訳

 御車は、あまた続けむも所狭く、片へづつ分けむもわづらはしとて、御供の人びとも、あながちに隠ろへ忍ぶれば、舟にて忍びやかにと定めたり。辰の時に舟出したまふ。昔の人もあはれと言ひける浦の朝霧隔たりゆくままに、いともの悲しくて、入道は、心澄み果つまじく、あくがれ眺めゐたり。ここら年を経て、今さらに帰るも、なほ思ひ尽きせず、尼君は泣きたまふ。

 お車は、多数続けるのも仰々しいし、一部分ずつ分けてやるのも厄介だといって、お供の人々も、できるだけ目立たないようにしているので、舟でこっそりと行くことに決めた。辰の時刻に舟出なさる。昔の人も「あわれ」と言った明石の浦の朝霧の中を遠ざかって行くにつれて、たいそう物悲しくて、入道は、煩悩も断ち切れがたく、ぼうっと眺めていた。長年住みなれて、今さら都に帰るのも、やはり感慨無量で、尼君はお泣きになる。

 「かの岸に心寄りにし海人舟の

   背きし方に漕ぎ帰るかな」

 「彼岸の浄土に思いを寄せていた尼のわたしが

   捨てた都の世界に帰って行くのだわ」

 御方、

  「いくかへり行きかふ秋を過ぐしつつ

   浮木に乗りてわれ帰るらむ」

 御方は、

  「何年も秋を過ごし過ごしして来たが

   頼りない舟に乗って都に帰って行くのでしょう」

 思ふ方の風にて、限りける日違へず入りたまひぬ。人に見咎められじの心もあれば、路のほども軽らかにしなしたり。

 思いどおりの追い風によって、予定していた日に違わずお入りになった。人に気づかれまいとの考えもあったので、道中も簡素な旅姿に装っていた。



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