第二章 明石の物語 上洛後、源氏との再会
1. 大堰山荘での生活始まる
本文 |
現代語訳 |
家のさまもおもしろうて、年ごろ経つる海づらにおぼえたれば、所変へたる心地もせず。昔のこと思ひ出でられて、あはれなること多かり。造り添へたる廊など、ゆゑあるさまに、水の流れもをかしうしなしたり。まだこまやかなるにはあらねども、住みつかばさてもありぬべし。 |
山荘の様子も風情あって、長年住み慣れた海辺に似ていたので、場所が変わった気もしない。
昔のことが自然と思い出されて、しみじみと感慨を催すことが多かった。造り加えた廊など、風流な様子で、遣水の流れも風流に作ってあった。まだ細かな造作は出来上がっていないが、住み慣れればそのままでも住めるであろう。 |
親しき家司に仰せ賜ひて、御まうけのことせさせたまひけり。渡りたまはむことは、とかう思したばかるほどに、日ごろ経ぬ。 |
腹心の家司にお命じになって、祝宴のご準備をおさせになっていたのであった。おいでになることは、あれこれと口実をお考えになっているうちに、数日がたってしまった。 |
なかなかもの思ひ続けられて、捨てし家居も恋しう、つれづれなれば、かの御形見の琴を掻き鳴らす。折の、いみじう忍びがたければ、人離れたる方にうちとけてすこし弾くに、松風はしたなく響きあひたり。尼君、もの悲しげにて寄り臥したまへるに、起き上がりて、 |
かえって物思いの日々が続いて、捨てた家も恋しく、所在ないので、あのお形見の琴の琴を弾き鳴らす。折柄、たいそう堪えがたいので、人里から離れた所で、気ままに少し弾いてみると、松風がきまりわるいほど音を合わせて吹いてきた。尼君、もの悲しそうに物に寄り掛かっていらっしゃったが、起き上がって、 |
「身を変へて一人帰れる山里に 聞きしに似たる松風ぞ吹く」 |
「尼姿となって一人帰ってきた山里に 昔聞いたことがあるような松風が吹いている」 |
御方、 |
御方は、 |
「故里に見し世の友を恋ひわびて さへづることを誰れか分くらむ」 |
「故里で昔親しんだ人を恋い慕って弾く 田舎びた琴の音を誰が分かってくれようか」 |