第二章 明石の物語 上洛後、源氏との再会
3. 源氏と明石の再会
本文 |
現代語訳 |
忍びやかに、御前疎きは混ぜで、御心づかひして渡りたまひぬ。たそかれ時におはし着きたり。狩の御衣にやつれたまへりしだに世に知らぬ心地せしを、まして、さる御心してひきつくろひたまへる御直衣姿、世になくなまめかしうまばゆき心地すれば、思ひむせべる心の闇も晴るるやうなり。 |
ひっそりと、御前駆の親しくない者は加えないで、十分気を配っておいでになった。黄昏時にお着きになった。狩衣のご装束で質素になさっていたお姿でさえ、またとなく美しい心地がしたのに、なおさらのこと、そのお心づかいをして装っていらっしゃる御直衣姿、世になく優美でまぶしい気がするので、嘆き悲しんでいた心の闇も晴れるようである。 |
めづらしう、あはれにて、若君を見たまふも、いかが浅く思されむ。今まで隔てける年月だに、あさましく悔しきまで思ほす。 |
久しぶりで、感慨無量となって、若君を御覧になるにも、どうして通り一遍にお思いになれようか。今まで離れていた年月の間でさえ、あきれるほど悔しいまでお思いになる。 |
「大殿腹の君をうつくしげなりと、世人もて騒ぐは、なほ時世によれば、人の見なすなりけり。かくこそは、すぐれたる人の山口はしるかりけれ」 |
「大殿腹の若君をかわいらしいと、世間の人がもてはやすのは、やはり時流におもねってそのように見做すのであった。こんなふうに、優れた人の将来は、今からはっきりしているものを」 |
と、うち笑みたる顔の何心なきが、愛敬づき、匂ひたるを、いみじうらうたしと思す。 |
と、微笑んでいる顔の無邪気さが、愛くるしく、つややかなのを、たいそうかわいらしいとお思いになる。 |
乳母の、下りしほどは衰へたりし容貌、ねびまさりて、月ごろの御物語など、馴れ聞こゆるを、あはれに、さる塩屋のかたはらに過ぐしつらむことを、思しのたまふ。 |
乳母が、下行した時は痩せ衰えていた容貌、立派になって、何か月もの間のお話など、親しく申し上げるのを、しみじみと、あのような漁村の一角で過ごしてきたろうことを、おねぎらいになる。 |
「ここにも、いと里離れて、渡らむこともかたきを、なほ、かの本意ある所に移ろひたまへ」 |
「ここでも、たいそう人里離れて、出向いて来ることも難しいので、やはり、あのかねて考えてある所にお引っ越しなさいませ」 |
とのたまへど、 |
とおっしゃるが、 |
「いとうひうひしきほど過ぐして」 |
「とてもまだ慣れない期間をもうしばらく過ごしましてから」 |
と聞こゆるも、ことわりなり。夜一夜、よろづに契り語らひ、明かしたまふ。 |
とお答え申し上げるのも、もっともなことである。一晩中、いといろと睦言を交わされて、夜をお明かしなさる。 |