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松風

第二章 明石の物語 上洛後、源氏との再会

5. 嵯峨御堂に出向き大堰山荘に宿泊

 

本文

現代語訳

 御寺に渡りたまうて、月ごとの十四、五日、晦日の日、行はるべき普賢講、阿弥陀、釈迦の念仏の三昧をばさるものにて、またまた加へ行はせたまふべきことなど、定め置かせたまふ。堂の飾り、仏の御具など、めぐらし仰せらる。月の明きに帰りたまふ。

 お寺にお出向きになって、毎月の十四、五日、晦日の日行われるはずの普賢講、阿彌陀、釈迦の念仏の三昧のことは言うまでもなく、さらにまたお加えになるべきことなど、お定めさせなさる。堂の飾り付け、仏像の道具類、お触れを回してお命じになる。月の明るいうちにお戻りになる。

 ありし夜のこと、思し出でらるる、折過ぐさず、かの琴の御琴さし出でたり。そこはかとなくものあはれなるに、え忍びたまはで、掻き鳴らしたまふ。まだ調べも変はらず、ひきかへし、その折今の心地したまふ。

 かつての明石での夜のこと、お思い出しになっていらっしゃる、その時を逃さず、あの琴のお琴をお前に差し出した。どことなくしみじみと感慨が込み上げてくるので、我慢がおできになれず、掻き鳴らしなさる。絃の調子もまだもとのままで、当時に戻って、あの時のことが今のようなお感じがなさる。

 「契りしに変はらぬ琴の調べにて

   絶えぬ心のほどは知りきや」

 「約束したとおり、琴の調べのように変わらない

   わたしの心をお分かりいただけましたか」

 女、

 女は、

 「変はらじと契りしことを頼みにて

   松の響きに音を添へしかな」

 「変わらないと約束なさったことを頼みとして

   松風の音に泣く声を添えていました」

 と聞こえ交はしたるも、似げなからぬこそは、身にあまりたるありさまなめれ。こよなうねびまさりにける容貌、けはひ、え思ほし捨つまじう、若君、はた、尽きもせずまぼられたまふ。

 と詠み交わし申し上げたのも、不釣り合いでないのは、身に余る幸せのようである。すっかりと立派になった器量、雰囲気、とても見捨てがたく、若君、言うまでもなく、いつまでもじっと見守らずにはいらっしゃれない。

 「いかにせまし。隠ろへたるさまにて生ひ出でむが、心苦しう口惜しきを、二条の院に渡して、心のゆく限りもてなさば、後のおぼえも罪免れなむかし」

 「どうしたらよいだろう。日蔭者としてお育ちになることが、気の毒で残念に思われるが、二条の院に引き取って、思いどおりに世話したならば、後になって世間の人々から非難も受けなくてすむだろう」

 と思ほせど、また、思はむこといとほしくて、えうち出でたまはで、涙ぐみて見たまふ。幼き心地に、すこし恥ぢらひたりしが、やうやううちとけて、もの言ひ笑ひなどして、むつれたまふを見るままに、匂ひまさりてうつくし。抱きておはするさま、見るかひありて、宿世こよなしと見えたり。

 とお考えになるが、また一方で、悲しむことも気の毒で、お口に出すこともできず、涙ぐんで御覧になる。幼い心で、少し人見知りしていたが、だんだん打ち解けてきて、何か言ったり笑ったりして、親しみなさるのを見るにつれて、ますます美しくかわいらしく感じられる。抱いていらっしゃる様子、いかにも立派で、将来この上ないと思われた。



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