第三章 明石の物語 桂院での饗宴
2. 桂院に到着、饗宴始まる
本文 |
現代語訳 |
いとよそほしくさし歩みたまふほど、かしかましう追ひ払ひて、御車の尻に、頭中将、兵衛督乗せたまふ。 |
たいそう威儀正しくお進みになる間、大声で御前駆が先払いして、お車の後座席に、頭中将、兵衛督をお乗せになる。 |
「いと軽々しき隠れ家、見あらはされぬるこそ、ねたう」 |
「たいそう軽々しい隠れ家、見つけられてしまったのが、残念だ」 |
と、いたうからがりたまふ。 |
と、ひどくお困りのふうでいっらっしゃる。 |
「昨夜の月に、口惜しう御供に後れはべりにけると思ひたまへられしかば、今朝、霧を分けて参りはべりつる。山の錦は、まだしうはべりけり。野辺の色こそ、盛りにはべりけれ。なにがしの朝臣の、小鷹にかかづらひて、立ち後れはべりぬる、いかがなりぬらむ」 |
「昨夜の月には、残念にもお供に遅れてしまったと存じましたので、今朝は、霧の中を参ったのでございます。山の紅葉は、まだのようでございます。野辺の色は、盛りでございました。某の朝臣が、小鷹狩にかかわって遅れてしまいましたが、どうなったことでしょう」 |
など言ふ。 |
などと言う。 |
「今日は、なほ桂殿に」とて、そなたざまにおはしましぬ。にはかなる御饗応と騷ぎて、鵜飼ども召したるに、海人のさへづり思し出でらる。 |
「今日は、やはり桂殿で」と言って、そちらの方にいらっしゃった。急な御饗応だと大騷ぎして、鵜飼たちを呼び寄せると、海人のさえずりが自然と思い出される。 |
野に泊りぬる君達、小鳥しるしばかりひき付けさせたる荻の枝など、苞にして参れり。大御酒あまたたび順流れて、川のわたり危ふげなれば、酔ひに紛れておはしまし暮らしつ。 |
野原に夜明かしした公達は、小鳥を体裁ばかりに付けた荻の枝など、土産にして参上した。
お杯が何度も廻って、川の近くなので危なっかしいので、酔いに紛れて一日お過ごしになった。 |