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乙女

第六章 夕霧の物語 五節舞姫への恋

4. 夕霧、舞姫の弟に恋文を託す

 

本文

現代語訳

 やがて皆とめさせたまひて、宮仕へすべき御けしきありけれど、このたびはまかでさせて、近江のは辛崎の祓へ、津の守は難波と、挑みてまかでぬ。大納言もことさらに参らすべきよし奏せさせたまふ。左衛門督、その人ならぬをたてまつりて、咎めありけれど、それもとどめさせたまふ。

 そのまま皆宮中に残させなさって、宮仕えするようにとの御内意があったが、この場は退出させて、近江守の娘は辛崎の祓い、津守のは難波で祓いをと、競って退出した。大納言も改めて出仕させたい旨を奏上させる。左衛門督は、資格のない者を差し上げて、お咎めがあったが、それも残させなさる。

 津の守は、「典侍あきたるに」と申させたれば、「さもや労らまし」と大殿も思いたるを、かの人は聞きたまひて、いと口惜しと思ふ。

 津守は、「典侍が空いているので」と申し上げさせたので、「そのように労をねぎらってやろうか」と大殿もお考えになっていたのを、あの冠者の君はお聞きになって、とても残念だと思う。

「わが年のほど、位など、かくものげなからずは、乞ひ見てましものを。思ふ心ありとだに知られでやみなむこと」

 「自分の年齢や、位などが、このように問題でないならば、願い出てみたいのだが。思っているということさえ知られないで終わってしまうことよ」

 と、わざとのことにはあらねど、うち添へて涙ぐまるる折々あり。

 と、特別強く執心しているのではないが、あの姫君のことに加えて涙がこぼれる時々がある。

 兄弟の童殿上する、常にこの君に参り仕うまつるを、例よりもなつかしう語らひたまひて、

 兄弟で童殿上する者が、つねにこの君に参上してお仕えしているのを、いつもよりも親しくご相談なさって、

 「五節はいつか内裏へ参る」

 「五節はいつ宮中に参内なさるのか」

 と問ひたまふ。

 とお尋ねになる。

 「今年とこそは聞きはべれ」

 「今年と聞いております」

 と聞こゆ。

 と申し上げる。

 「顔のいとよかりしかば、すずろにこそ恋しけれ。ましが常に見るらむも羨ましきを、また見せてむや」

 「顔がたいそうよかったので、無性に恋しい気がする。おまえがいつも見ているのが羨ましいが、もう一度見せてくれないか」

 とのたまへば、

 とおっしゃると、

 「いかでかさははべらむ。心にまかせてもえ見はべらず。男兄弟とて、近くも寄せはべらねば、まして、いかでか君達には御覧ぜさせむ」

 「どうしてそのようなことができましょうか。思うように会えないのでございます。男兄弟だといって、近くに寄せませんので、まして、あなた様にはどうしてお会わせ申すことができましょうか」

 と聞こゆ。

 と申し上げる。

 「さらば、文をだに」

 「それでは、せめて手紙だけでも」

 とて賜へり。「先々かやうのことは言ふものを」と苦しけれど、せめて賜へば、いとほしうて持て往ぬ。

 といってお与えになった。「以前からこのようなことはするなと親が言われていたものを」と困ったが、無理やりにお与えになるので、気の毒に思って持って行った。

 年のほどよりは、されてやありけむ、をかしと見けり。緑の薄様の、好ましき重ねなるに、手はまだいと若けれど、生ひ先見えて、いとをかしげに、

 年齢よりは、ませていたのであろうか、興味をもって見るのであった。緑色の薄様に、好感の持てる色を重ねて、筆跡はまだとても子供っぽいが、将来性が窺えて、たいそう立派に、

 「日影にもしるかりけめや少女子が

   天の羽袖にかけし心は」

 「日の光にはっきりとおわかりになったでしょう

   あなたが天の羽衣も翻して舞う姿に思いをかけたわたしのことを」

 二人見るほどに、父主ふと寄り来たり。恐ろしうあきれて、え引き隠さず。

 二人で見ているところに、父殿がひょいとやって来た。恐くなってどうしていいか分からず、隠すこともできない。

 「なぞの文ぞ」

 「何の手紙だ」

 とて取るに、面赤みてゐたり。

 と言って取ったので、顔を赤らめていた。

 「よからぬわざしけり」

 「けしからぬことをした」

 と憎めば、せうと逃げて行くを、呼び寄せて、

 と叱ると、男の子が逃げて行くのを、呼び寄せて、

 「誰がぞ」

 「誰からだ」

 と問へば、

 と尋ねると、

 「殿の冠者の君の、しかしかのたまうて賜へる」

 「大殿の冠者の君が、これこれしかじかとおっしゃってお与えになったのです」

 と言へば、名残なくうち笑みて、

 と言うと、すっかり笑顔になって、

 「いかにうつくしき君の御され心なり。きむぢらは、同じ年なれど、いふかひなくはかなかめりかし」

 「何ともかわいらしい若君のおたわむれだ。おまえたちは、同じ年齢だが、お話にならないくらい頼りないことよ」

 など誉めて、母君にも見す。

 などと褒めて、母君にも見せる。

 「この君達の、すこし人数に思しぬべからましかば、宮仕へよりは、たてまつりてまし。殿の御心おきて見るに、見そめたまひてむ人を、御心とは忘れたまふまじきとこそ、いと頼もしけれ。明石の入道の例にやならまし」

 「大殿の公達が、すこしでも一人前にお考えになってくださるならば、宮仕えよりは、差し上げようものを。大殿のご配慮を見ると、一度見初めた女性を、お忘れにならないのがたいそう頼もしい。明石の入道の例になるだろうか」

 など言へど、皆急ぎ立ちにたり。

 などと言うが、皆は準備にとりかかっていた。



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