第二章 玉鬘の物語 大夫監の求婚と筑紫脱出
4. 玉鬘、筑紫を脱出
本文 |
現代語訳 |
次郎が語らひ取られたるも、いと恐ろしく心憂くて、この豊後介を責むれば、 |
次男がまるめこまれたのも、とても怖く嫌な気分になって、この豊後介を催促すると、 |
「いかがは仕まつるべからむ。語らひあはすべき人もなし。まれまれの兄弟は、この監に同じ心ならずとて、仲違ひにたり。この監にあたまれては、いささかの身じろきせむも、所狭くなむあるべき。なかなかなる目をや見む」 |
「さてどのようにして差し上げたらよいのだろうか。相談できる相手もいない。たった二人しかの弟たちは、その監に味方しないと言って仲違いしてしまっている。この監に睨まれては、ちょっとした身の動きも、思うに任せられまい。かえって酷い目に遭うことだろう」 |
と、思ひわづらひにたれど、姫君の人知れず思いたるさまの、いと心苦しくて、生きたらじと思ひ沈みたまへる、ことわりとおぼゆれば、いみじきことを思ひ構へて出で立つ。妹たちも、年ごろ経ぬるよるべを捨てて、この御供に出で立つ。 |
と、考えあぐんでいたが、姫君が人知れず思い悩んでいられるのが、とても痛々しくて、生きていたくないとまで思い沈んでいられるのが、ごもっともだと思われたので、思いきった覚悟をめぐらして上京する。妹たちも、長年過ごしてきた縁者を捨てて、このお供して出立する。 |
あてきと言ひしは、今は兵部の君といふぞ、添ひて、夜逃げ出でて舟に乗りける。大夫の監は、肥後に帰り行きて、四月二十日のほどに、日取りて来むとするほどに、かくて逃ぐるなりけり。 |
あてきと言った娘は、今では兵部の君と言うが、一緒になって、夜逃げして舟に乗ったのであった。大夫の監は、肥後国に帰って行って、四月二十日のころにと、日取りを決めて嫁迎えに来ようとしているうちに、こうして逃げ出したのであった。 |
姉のおもとは、類広くなりて、え出で立たず。かたみに別れ惜しみて、あひ見むことの難きを思ふに、年経つる故里とて、ことに見捨てがたきこともなし。ただ、松浦の宮の前の渚と、かの姉おもとの別るるをなむ、顧みせられて、悲しかりける。 |
姉のおもとは、家族が多くなって、出立することができない。お互いに別れを惜しんで、再会することの難しいことを思うが、長年過ごした土地だからと言っても、格別去り難くもない。ただ、松浦の宮の前の渚と、姉おもとと別れるのが、後髪引かれる思いがして、悲しく思われるのであった。 |
「浮島を漕ぎ離れても行く方や いづく泊りと知らずもあるかな」 |
「浮き島のように思われたこの地を漕ぎ離れて行きますけど どこが落ち着き先ともわからない身の上ですこと」 |
「行く先も見えぬ波路に舟出して 風にまかする身こそ浮きたれ」 |
「行く先もわからない波路に舟出して 風まかせの身の上こそ頼りないことです」 |
いとあとはかなき心地して、うつぶし臥したまへり。 |
とても心細い気がして、うつ伏していらっしゃった。 |