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玉 鬘

第三章 玉鬘の物語 玉鬘、右近と椿市で邂逅        

1. 岩清水八幡宮へ参詣          

 

本文

現代語訳

 九条に、昔知れりける人の残りたりけるを訪らひ出でて、その宿りを占め置きて、都のうちといへど、はかばかしき人の住みたるわたりにもあらず、あやしき市女、商人のなかにて、いぶせく世の中を思ひつつ、秋にもなりゆくままに、来し方行く先、悲しきこと多かり。

 九条に、昔知っていた人で残っていたのを訪ね出して、その宿を確保して、都の中とは言っても、れっきとした人々が住んでいる辺りではなく、卑しい市女や、商人などが住んでいる辺りで、気持ちの晴れないままに、秋に移っていくにつれて、これまでのことや今後のこと、悲しいことが多かった。

 豊後介といふ頼もし人も、ただ水鳥の陸に惑へる心地して、つれづれにならはぬありさまのたづきなきを思ふに、帰らむにもはしたなく、心幼く出で立ちにけるを思ふに、従ひ来たりし者どもも、類に触れて逃げ去り、本の国に帰り散りぬ。

 豊後介という頼りになる者も、ちょうど水鳥が陸に上がってうろうろしているような思いで、所在なく慣れない都の生活の何のつてもないことを思うにつけ、今さら国へ帰るのも体裁悪く、幼稚な考えから出立してしまったことを後悔していると、従って来た家来たちも、それぞれ縁故を頼って逃げ去り、元の国に散りじりに帰って行ってしまった。

 住みつくべきやうもなきを、母おとど、明け暮れ嘆きいとほしがれば、

 落ち着いて住むすべもないのを、母乳母は、明けても暮れても嘆いて気の毒がっているので、

 「何か。この身は、いとやすくはべり。人一人の御身に代へたてまつりて、いづちもいづちもまかり失せなむに咎あるまじ。我らいみじき勢ひになりても、若君をさるものの中にはふらしたてまつりては、何心地かせまし」

 「いやどうして。我が身には、心配いりません。姫君お一方のお身代わりとなり申して、どこへなりと行って死んでも問題ありますまい。自分がどんなに豪者となっても、姫君をあのような田舎者の中に放っておき申したのでは、どのような気がしましょうか」

 と語らひ慰めて、

 と心配せぬよう慰めて、

 「神仏こそは、さるべき方にも導き知らせたてまつりたまはめ。近きほどに、八幡の宮と申すは、かしこにても参り祈り申したまひし松浦、筥崎、同じ社なり。かの国を離れたまふとても、多くの願立て申したまひき。今、都に帰りて、かくなむ御験を得てまかり上りたると、早く申したまへ」

 「神仏は、しかるべき方向にお導き申しなさるでしょう。この近い所に、八幡宮と申す神は、あちらにおいても参詣し、お祈り申していらした松浦、箱崎と、同じ社です。あの国を離れ去るときも、たくさんの願をお掛け申されました。今、都に帰ってきて、このように御加護を得て無事に上洛することができましたと、早くお礼申し上げなさい」

 とて、八幡に詣でさせたてまつる。それのわたり知れる人に言ひ尋ねて、五師とて、早く親の語らひし大徳残れるを呼びとりて、詣でさせたてまつる.

 と言って、岩清水八幡宮に御参詣させ申し上げる。その辺の事情をよく知っている者に問い尋ねて、五師といって、以前に亡き父親が懇意にしていた社僧で残っていたのを呼び寄せて、御参詣させ申し上げる。



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